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「草津こそが界のモデルケースだろ。」


担当者・石井の自負から始まった界 草津の再始動。目指したのは、温泉街の活気と旅館の品格をデザインとして融合させた「理想の温泉宿」でした。地盤不良による断念、隣地購入という異例の決断。80メートルのトンネルを抜け、日常を脱ぎ捨てた先に待つのは、土地のエネルギーを上質な体験へと昇華させた、かつてない草津での休息でした。


草津温泉・湯畑


星野リゾートの企画開発担当、石井の胸には、誰にも譲れない自負がありました。草津に対する強い思いのもと、20年前に土地を取得、宿の構想を描きながらも、かつては開発が頓挫した土地。そこに「界」の歴史を塗り替えるような、上質で洗練された温泉旅館を計画すること。そして草津という個性的でありながら伝統的な温泉地を読み解くことで「王道なのに、あたらしい。」という、界ブランドのコンセプトを体現する温泉旅館を築くこと。それが石井に課された、そして自ら課した使命でした。


界ブランド最大スケールの施設を模索して

敷地は「西の河原公園」という草津の中心に隣接しながら、111,844㎡という圧倒的な広さを誇るベストロケーション。この途方もない土地をどう生かすか、社内では激しい議論が展開されました。


湯の川がきらめく西の河原公園


これまでの界は、40~50室ほどが標準的なスケールでした。しかし、草津という圧倒的な知名度を誇る温泉地の可能性を評価し、事業計画として導き出された結論は、94室という最大スケールの界を誕生させるという、前例のない挑戦でした。 


「広大な敷地を生かし切るスケール感と、温泉旅館としての静かなくつろぎ。この相反する要素を、どうすれば同時に満たせるのだろうか」 


石井たちの模索が始まりました。ただ大きなだけのビルを建ててしまっては、大切にしてきた旅館の風情が壊れてしまう。そこで、建物を周囲の自然に馴染むよう低層に抑えながらも、施設全体が美しくまとまる施設計画が練られていきました。


チェックインの体験、建物の配置、食事処のあり方。石井たちは、滞在のイメージを1つ1つ具体的に議論しながら、時には激しく衝突し、プランを練り上げていきました。 

大浴場やラウンジには、これまでの施設以上に思い切ったゆとりを持たせ、地域の文化に触れる「ご当地楽」のスペースは、独立した棟を設けることでその世界観を存分に表現しました。  


特に議論が紛糾したのは、食事処を2箇所に分けるという決断でした。空間が大きくなりすぎて旅館の風情を損なわないようにしたい。さらに、西の河原公園という大きな人通りがある場所を活かして、1箇所は外来のゲストも受け入れ、ランチも営業する食事処としたい、と石井は提案しました。


しかしこれは、ハードを複雑にし、運営の負担を大きく増やすことを意味していました。「本当に2箇所も必要なのか」と、喧々諤々の議論が何度も重ねられました。 

ハードの複雑さや運営の壁を乗り越えてでも、「理想の滞在」を実現したい。施設のあり方1つ1つを、時に激しくぶつかり合いながら、そして議論を重ねながら形にしていきました。 


こうしてようやく、すべての計画がまとまり、設計が次のフェーズに進もうとしたその時、目の前に巨大な壁が立ちはだかりました。 


「設計図の上では、すべてが完璧に見えていたんです」


「歩いてもらう」という妥協への抵抗

界 草津のプロジェクトにおいて、大きな障壁となったのは、温泉街と宿を隔てる「崖」そのものでした。


「草津温泉の大きな魅力は『湯畑』までのそぞろ歩き。そこに向かうルートは世界観を途切れせさせることなく、施設の滞在の延長として計画する必要がある」


これが代表・星野から示された方針でした。そのためには高台にある施設を、高低差がある温泉街に続く敷地と繋ぐ必要があります。当初は界 鬼怒川や界 霧島でも採用している「スロープカー」を検討していたものの、崖の地質が脆すぎて支柱となる杭が打てないことが判明し、断念。


宿泊棟と温泉棟をつなぐ、界 霧島のスロープカー


次に検討した「トンネル」も、予定地は地盤が緩く、崩落の危険があるとして掘削は困難。ボウリング調査で水が出てきたとき、現場には絶望感が漂いました。さすがの石井も「やばい...」と思ったという。


「スロープカーもトンネルもダメなら、もう歩いて登ってもらうしかないのか……」


社内で恒例になっている星野とのスキー合宿の夜、また移動中の車の中でも、議論が重ねられました。星野からは「途中に素敵なお茶屋さんでも作って、休み休み歩いてもらえば、それも一つの体験になるんじゃない?」とも言われましたが、石井の理想は揺らぎませんでした。


「それでは、界 草津は完成しないんです」


高台に位置し、自然に溶け込む上質な宿としての完成度を求めるなら、アクセスもまた、非日常を象徴する特別な体験でなければならない。


「お茶屋で取り繕うのではなく、一気に別世界へワープするような体験が必要なんです」


万事休すの状況でも、石井は諦めませんでした。建設会社のトンネル技術担当者も交え粘り強く検討を重ねるうちに、一箇所だけ、崩落の危険がなくトンネルを掘れる望みのある場所が見つかりました。


「ここなら掘れる、唯一のルートだ」


諦めずに検討を続け、導かれた選択肢。それは、隣地が保有する土地を追加取得し、地盤の固い新たなルートでトンネルを掘ることでした。背水の陣で臨んだ土地の取得交渉を経て、実現したその場所を、石井はもはや「通路」とは呼びませんでした。それは、草津の賑わいを「界」の静寂へと昇華させるための、80メートルに及ぶ「結界」でした。



工事中のトンネルの様子


2つの世界を行きかう滞在

完成した80メートルのトンネルは、賑やかな温泉街を抜け、森に佇む静謐な温泉宿へと心を整えるための完璧な「結界」となりました。


界 草津と草津温泉をつなぐトンネル


温泉街から仄暗いトンネルを抜け、エレベーターで一気に高台へ。扉が開いた瞬間に目に飛び込む、草津白根の自然の風景。そしてその風景に溶け込むように、界 草津のさまざまな建物が見えてきます。


「完成して良かった」


開業後、トンネルを行きかうゲストの背中を見て、石井はやっと確信したといいます。


94室という「界」最大規模の施設でありながら、草津白根の豊かな自然を感じ、温泉街のそぞろ歩きでその情緒に浸る。トンネルがつなぐ2つの世界が創るのはこれからの「界」を象徴する、揺るぎない王道の滞在体験でした。





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