霧島市の温泉施設で行方不明になり、7月17日に遺体が発見された熊本県八代市の保育園児・田中嶺臣ちゃん(5)。7月27日、父親が鹿児島テレビの単独取材に応じ、葬儀を終えたばかりの今の思いを語った。「何十年経っても嶺臣を忘れることはない」——その言葉には、深い悲しみとともに、捜索に関わったすべての人への感謝が込められていた。
発見現場に手向けられた花とお菓子
7月27日の昼前、嶺臣ちゃんの遺体が見つかった天降川の発見現場を訪れたのは、父親だった。その場には多くの花やお菓子が手向けられており、見知らぬ人々が足を運んでいたことが伝わってくる光景だった。

「近所の人かもしれない。とても感謝している」と父親は静かに語った。
7月24日、警察は天降川で見つかった遺体の身元が嶺臣ちゃんであると発表。その翌日、父親は約1ヶ月ぶりに息子と対面を果たした。
「警察の方からは『見ない方がいい』と止められたけど、自分はどうしても見たくて、嶺臣には変わりないということで顔を見た。『頑張ったね。おうちに帰ろうね』という言葉だけをかけた」
静かな言葉の中に、父としての深い愛情と、長い捜索の末にようやく息子を迎え入れた安堵と悲しみが重なって滲み出ていた。

3分間の間に——事故の経緯
嶺臣ちゃんが行方不明になったのは6月21日のこと。霧島市隼人町嘉例川にある温泉施設「かれい川の湯」で、両親が3分ほど目を離した間に姿が見えなくなった。

記者は、嶺臣ちゃんの家族が実際に入っていた家族湯を訪ねた。窓の下には室外機があり、5歳の子どもが川まで降りることができそうな複数の段差が確認できた。施設の関係者によると、温泉から川までの距離は約8メートルとのことだが、記者が現地を確認したところ、実際の距離よりも近く感じられた。


警察によると、見つかった遺体に死亡につながる大きな損傷は認められず、事件性をうかがわせる形跡もない。警察は、嶺臣ちゃんが窓から自分で外に出て川に落ちた可能性があるとみている。
地域の人々に支えられた捜索
行方不明になってから遺体が発見されるまでの約1ヶ月間、多くの人々が嶺臣ちゃんの行方を探し続けた。7月26日には八代市内で家族のみによる葬儀が執り行われ、嶺臣ちゃんはその短い生涯を終えた。
父親は、捜索にあたってくれた人々への感謝を丁寧に述べた。
「嶺臣が見つかったのも皆さんの協力のおかげで見つかったと思う。この度はありがとうございました。何十年経っても嶺臣を忘れることはないので、それを胸に秘めて家族一丸となって前に進んでいきたい」

深い悲しみを抱えながらも、前を向こうとする父親の言葉は重く、静かな力を持っていた。発見現場に手向けられた花やお菓子は、嶺臣ちゃんの命を悼む地域の人々の思いを映し出している。

