福岡県公安委員会は、特定危険指定暴力団『五代目工藤会』の代表者を元総裁の野村悟被告(79)から会長の田上不美夫被告(70)に変更したと官報で公示した。
剥がされた野村被告自宅前の標章
2026年7月16日、福岡県公安委員会は北九州市に拠点を構える特定危険指定暴力団『五代目工藤会』の代表者を野村悟被告からナンバー2で会長の田上不美夫被告に変更したことを官報で公示した。

野村被告の自宅を訪れた福岡県警の捜査員が、野村被告の自宅前の標章を剥がしていく。くっきりと残ったその跡は、長年この場所に標章が掲示されていたことを表していた。
野村被告の自宅は2014年の『工藤会頂上作戦』以降、組員の会合などを禁止する『使用制限命令』が出されていたが、福岡県公安委員会は「野村被告の組織への影響力がなくなった」ほか「自宅が組織の会合などに使用される恐れが極めて低くなった」として『使用制限命令』を解除した。
最盛期には1300人を超える組織の頂点に君臨した野村被告。トップの交代にどんな背景があったのか?
「まだおるんかい。そんな感じよ」
野村被告が工藤会の実権を握ったのは今から26年前。北九州の暴力団をまとめ上げ、工藤会のトップを10年間務めた三代目会長・溝下秀男氏が第一線を退いた。

そして溝下氏は、野村被告に四代目会長の座を譲ったのだ。

野村被告率いる工藤会は凶悪化の一途を辿り、一般人をも狙った襲撃事件が多発。

2011年7月には、野村被告は配下の田上不美夫被告に五代目会長の座を譲ったが、引退はせず『総裁』として工藤会に君臨した。

「『まだおるんかい』。そんな感じよ。大概、辞めればいいのにと思う」と話すのは、元工藤会系組員・A氏だ。

「田上会長も、やっぱり(野村悟の)若い衆やからね。会長になっても若い衆だから、逆らうことができない」(元工藤会系組員・A氏)。

「『俺も会長になったからアンタはもう引っ込んでおきない』と言うぐらいは言えばいいんやけど。それはできないんじゃないかな。まだ現役でいるから」(元工藤会系組員・A氏)。

「止める人はおらんやろ。止める人は誰もおらんわ。誰も止めきれない」(元工藤会系組員・A氏)。

野村被告は人事や資金などの実権を握り続け、20億円を超える莫大な富を築き上げたとされている。

「“神様レベル”で思ってましたね」と話すのは、元工藤会系組員・B氏だ。

「基本、登場シーンは大体、みんな平伏しますもんね。『顔を見たらいけん』みたいな。総裁に逆らったら北九州で生きていかれんですよね」(元工藤会系組員・B氏)。

組織内で絶大な力を誇った野村総裁だったが、2014年9月。福岡県警が動いた。『工藤会頂上作戦』だ。

頂上作戦により、ついに野村総裁は福岡県警に逮捕された。
1億円超える賠償命じる判決も確定
野村総裁は被告となり、殺人を含む4つの市民襲撃事件の首謀者として一審で死刑、二審で無期懲役の判決を受け、現在、最高裁に上告中だ。

更に野村被告を巡っては、事件の遺族などに合わせて1億円以上の賠償を支払う判決が確定している。

4年前の2022年7月、福岡拘置所(福岡市早良区)で、カメラが捉えた集団は、工藤会の組員ら。

拘置所にいる野村被告のもとには、組織の関係者が連日、面会に訪れ、差し入れや親族の送迎などを続けた。交通費は自腹だったという。

元工藤会系組員のB氏は「組長連中でもお金が入ってくるシステムがある人はいいけど、運転手で行きよる人たちなんかは、毎日それに付きっきりでしょう。なかには高速を使わずに下道で行ってる組員もいるっていうのは聞いてますけどね-」

「-めちゃくちゃ大変みたいですね。弁護士費用でもすごいでしょ。どうやって金を集めよんかなっちゅうぐらい思いますけどね」と話す。

野村悟という存在が、ずっと工藤会に残ることは、負担だったのか?という問いかけにB氏は「負担でしょうね。金銭的な面でもそうと思うし、精神的な面でもやっぱり負担と思うんですけどね」と話した。

そして「裁判でヤクザを辞めるっちゅうことも言ってたじゃないですか。辞めるっちゆうた(言った)割には、なかなか辞めんなっちゅうのは、やっぱりあると思うんですけど。いつまでこの人のために尽くさなきゃいけんのか」と続けた。

組織の内情に詳しい人物によると、こうした人的、金銭的負担に組織内で疑問の声が挙がり、話し合いが持たれた結果、ついに2026年3月16日、野村被告の『引退』を決めたという。

その日のうちに、ほかの暴力団組織に『引退』を通知。翌日の3月17日には、本人も引退を受け入れた。

捜査関係者によると工藤会側は、各暴力団組織に挨拶状を出している。
各暴力団組織に出された挨拶状
【挨拶状】引退御通知 元五代目工藤会総裁 野村悟 儀

『永年に亘り任侠道に精進し、工藤会発展の為、貢献して参りましたが、本人の申し出により引退致しておりました処、再度、此度書面にて御通知申し上げます。在籍中は一方ならぬ御愛顧御厚情を賜りました事を厚く御礼申し上げます。令和八年三月 五代目工藤会』

関係者などによると『引退』決定後は、野村被告への面会や差し入れ、親族の送迎も取り止められたという。

元工藤会系組員のB氏に野村悟が辞めると思っていたかと問うと「思っていなかったです」と応えた。

「ずっと総裁のまま、ずっと組織に面倒、家族の面倒見さしたりするんやろなぐらいの想像はありましたけど」(元工藤会系組員・B氏)。
後を引き継いだのは田上不美夫被告
跡を継いだ田上被告。どういう考えがあるのか。

「残った組員を守りたいやないですかね。その一点と思うんですけどね。もうこれ以上苦しめられんちゅうの分かったやないですかね-」

「-捕まった当時は、まだ野村総裁だった。段々変わってきたんかなとは。大切なものが少しずつ変わってきたんかなと思いますけどね」(元工藤会系組員・A氏)。

野村被告が、26年間に渡り握ってきた工藤会の実権。県警は「代表者の交代はひとつの通過点に過ぎず、工藤会が壊滅に至るまで手を緩めず、対策を徹底していく」としている。

野村悟 1946年11月10日 北九州市小倉北区生まれ
1970年 工藤会に加入(当時23)
1981年 工藤会二代目田中組若頭(当時34)
1986年 工藤会三代目田中組組長(当時39)
1987年 初代工藤連合草野一家 本部長(当時40)
1990年 二代目工藤連合草野一家 若頭(当時44)
2000年 四代目工藤会 会長(当時53)
2011年 五代目工藤会 総裁(当時64)
2014年 頂上作戦 逮捕(当時67)
2021年 一審判決 死刑(当時74)
2024年 二審判決 無期懲役(当時77)
2026年 総裁引退(当時79)
(テレビ西日本)

