「早く描きたい。楽しみすぎて早く描きたい」――そんな声を上げながら、園児たちがブロック塀に向かって駆け出した。6月11日、鹿児島県鹿屋市にある鹿屋幼稚園で、約80人の園児たちがカラフルなペンキで塀いっぱいに絵を描くイベントが開催された。しかしこのイベント、実は一度は中止が決まっていた。遠く中東の情勢悪化が、鹿児島の幼稚園の行事に影響を及ぼしていたのだ。それを救ったのは、大阪の商社と地元塗料店、そして関わったすべての人の善意だった。
2026年1月から準備、しかし「世界情勢が保育に影響するとは」
鹿屋幼稚園では、全国で活動するペンキ画家・SHOGENさんを招き、園児たちとともにブロック塀に絵を描くイベントを2026年1月から準備してきた。ところが、3月以降に中東情勢が悪化したことで、ペンキの入手が困難な状況に陥った。5月、ついにイベントの中止が決まった。

「みんなで準備してきたのに『できないんだあ』ってショックではあったんですけど、世界情勢が保育に影響することも私にとって初めての経験だった」と、鹿屋幼稚園の先生は振り返る。地政学的なリスクが日常の保育現場にまで波及するという、誰も予想しなかった事態だった。

大阪の商社、そして地元の塗料店が手を差し伸べた
事態が動いたのは、SHOGENさんがこの状況を周囲に打ち明けたことがきっかけだった。話を聞いたのは、ペンキを扱う大阪の商社・六り(ろくり)だった。

同社の西澤健社長は「ペンキが日本全国で不足している中で、ほんの少し当社の強みであるペンキを提供できたことで、遠く鹿児島の方で笑顔が生まれたのであれば十分させてもらったかいがあったと思う」と語る。全国的な不足の状況下にあっても、できる範囲で力を貸そうという判断だった。

さらに、保護者からの協力依頼を受けた地元・鹿屋の塗料店「かのや塗料」も、貴重なペンキを無償で提供することを決めた。検見崎誠社長は「うちの場合材料屋で多少の予備的な部分を回せば何とかなるのかなあと」と、ごく自然にその決断を語った。遠方の企業と地元の店舗、両方からの支援が重なり合い、イベントは再び実現へと向かった。

晴天の下、45メートルの塀が20分でカラフルに
迎えたイベント当日は、前日までの雨が嘘のような晴天となった。
「SHOGENさーん」と園児たちが声を上げると、「はい、ありがとうございます!SHOGENです」と明るい声が返ってきた。SHOGENさんは園児たちに向かってこう呼びかけた。「みんなきょうは自分のことを信じて絶対大丈夫って自分に言いながら、楽しみながら描いていきたいと思います」

絵を描く舞台は、園舎をぐるりと囲むフェンス下のブロック塀だ。園児たちは5色のペンキからそれぞれ好きな色を選んで混ぜ、自分だけの色をつくる。テーマは虫と花、そして海の生き物。下書きなしで、塀に直接大胆に筆を走らせた。

「わーっ、紫になった」と歓声が上がる。壁に直接描くのは失敗が怖いドキドキの体験だが、そのドキドキを乗り越えて「やれた!」を実感してほしいというのが、このイベントの大切な狙いでもある。

SHOGENさんが「これかわいい!ダンゴムシかな?すごいおしゃれな色!」「クラゲかな?」と声をかけると、園児が「うん」と誇らしげにうなずく。わずか20分ほどで、長さ45メートルのブロック塀は虫や花、海の生き物たちを描いた鮮やかな作品でいっぱいになった。

「楽しい。壁にお絵かきするのが楽しいから」「サメ!」――子どもたちの笑顔と言葉が、塀の色と同じくらいあふれていた。

「涙が出てきそう」副園長が語る感謝
一時は中止が決まりながらも、多くの人の思いが結集して実現したこの日を、鹿屋幼稚園の宮下けい子副園長はこう表現した。「ホッとしているのと、うれしいのと、お話ししていると涙が出てきそうだが感謝の気持ちでいっぱいです」

中東情勢という遠い出来事が、鹿屋の幼稚園の日常に影を落とした。しかし、その影を払ったのは、大阪の商社の機転と、地元の塗料店の温かい判断、そしてペンキ画家と園児たちの情熱だった。カラフルなブロック塀は、子どもたちにとっても、先生たちにとっても、忘れられない一日の証となった。
【動画で見る▶中東情勢影響下でペイントイベント 善意の輪で中止の危機を乗り越え開催 鹿児島・鹿屋幼稚園】
