日本国憲法が施行されてから、2027年で80年を迎える。戦争を知る世代が少なくなる今、国会では憲法を変えようという機運がかつてなく高まっている。
議論の前にそもそも憲法とは何のためにあるのか、誰のためにあるのかをあらためて考えてみたい。
一度も改定されていない憲法

日本国憲法は1947年5月3日に施行された。基本的人権の尊重、国民主権、平和主義という3つの原則を柱とし、なかでも最大の特徴が、戦争の放棄と戦力の不保持を定めた第9条だ。
憲法制定以降、これまで日本は一度も戦争の惨禍に見舞われることなく今日を迎えている。しかし、この間に日本の安全保障をめぐる現実は少しずつ変容してきた。
1950年には自衛隊の前身となる警察予備隊が創設され、冷戦終結後の1992年からは自衛隊が国連平和維持活動(PKO)に参加するようになった。
9条が存在しながら自衛隊も存在するという状況に対し、「違憲ではないか」という指摘は今も絶えない。

そして憲法は、施行から現在に至るまで一度も改正されたことがない。
高まる改憲の機運
今年2月の総選挙で大勝した高市政権のもと、初めて開かれた憲法審査会で自民党は改憲議論の加速を呼びかけた。
自民党の新藤義孝議員は、審査会でこう述べた。
「『9条の2』として、我が国の平和と独立を守り、国および国民の安全を保つという、国防規定を創設するとともに、それを担う組織としての自衛隊を明記し、これに対するシビリアンコントロール(文民統制)の規定も明記する。具体的な条文案の作成に入って参りたい」
与党が訴えるのは、9条に自衛隊の存在を明記することだ。一方、野党は慎重な姿勢を崩さない。
中道改革連合の国重徹衆議院議員は、自衛隊の行動が行き過ぎたり、緊急時の措置が乱用されたりすることのないよう、民主的統制の観点から議論を深める必要があると主張する。

憲法学を専門とする琉球大学法科大学院・小林祐紀准教授は、改憲論議の最大の焦点は9条だと見る。この論議は長年続いており、自衛隊を明記すべきだという意見が改めて浮上してきているのだと説明する。
本当に「アメリカの押し付け憲法」なのか?
改憲を訴える声の一つに、「アメリカの押し付け憲法だ」という主張がある。現行憲法が戦後の占領下に定められたという歴史的経緯を根拠とするものだ。

この点について小林准教授は「確かにGHQが草案作成に深く関与したという事は事実で、その意味でアメリカの影響は大きいとは言えます。しかし完全に押し付けられたという事では無くて、大日本帝国憲法に定める手続きに従って帝国議会で審議をし、修正を経て成立したという経緯があります」と説明する。
国立公文書館の資料によれば、1946年3月に日本政府が起草した改憲草案をGHQが審議し、現在の憲法の要綱がまとまった。複雑な過程を経てきているため、その出自の評価は改憲議論の根幹に関わる。
「硬性憲法」が守るもの
日本国憲法がこれまで一度も改正されてこなかった背景には、改憲に課せられた厳格な要件がある。
憲法96条は、①衆参両院でそれぞれ総議員の3分の2以上の賛成による発議、②その後の国民投票で有効投票数の過半数の賛成、という2段階の手続きを求めている。

これを「硬性憲法」と呼ぶ。法律とは異なり、簡単には変えられない仕組みだ。なぜそこまで高い壁が設けられているのか。その答えは、憲法という存在の本質にある。
「国家が権力を行使する時のルールだからです。どんな政府であっても、権力行使のためのルールがあって、それが憲法というものなのです」(小林准教授)
時の政権が暴走しないよう、その歯止めとなるのが憲法の役割だ。改憲が容易になれば、その機能は失われかねない。
小林准教授は「憲法は究極的には国民一人一人のためにある」という点だ。私たちが持つ権利や自由が確実に行使できるように「国家権力を縛るためのルール」が憲法なのだと強調する。
憲法は何のためにあるのか
改憲の最終的な判断は国民に委ねられている。
国会がいかに改憲案を可決しようとも、国民投票での承認がなければ、憲法は変わらない。それは単なる手続きの問題ではない。憲法が何のためにあるのかを、国民自身が問い直す機会でもある。

「憲法がなんのためにあるのか、なんのために国家権力を制限しているのかをきちっと考えて、憲法改正の問題も考えていく必要があるんじゃないか」
改憲論議が熱を帯びる今、国民に問われているのは特定の条文をどう変えるかという技術的な話にとどまらない。この国の権力の使われ方も含めた、憲法の根本的なあり方に向き合う必要がある。
沖縄テレビ
