コロナ禍のトロントでの生活が2人を強く

結成まもなくして、単身カナダへ渡った木原は「全く馴染みのない土地でしたので、先生もそのタイミングでブルーノコーチに変わったので不安は大きかった」とトロントでの生活は不安があったと語る。

三浦は環境に大きな変化はなかったようで、「私はもともとブルーノコーチのもとで4年間、モントリールでやっていたので、拠点が変わるだけだなって感じで大丈夫でした」と話す。

2人が師事するブルーノ・マルコットコーチとメ―ガンデュハメルコーチ
2人が師事するブルーノ・マルコットコーチとメ―ガンデュハメルコーチ

2人が師事したのは、カナダ・トロントを拠点に数々のペアスケーターを指導するブルーノ・マルコットコーチとメ―ガンデュハメルコーチ。

異国の地でスケートに打ち込む日々を始めた矢先、2人に「コロナ禍」という試練が訪れた。このときに2人の気持ちの波は下がったという。

2人の気持ちの変化をグラフで。コロナ禍に一度下がったという
2人の気持ちの変化をグラフで。コロナ禍に一度下がったという

「コロナ禍でロックダウンして国境が閉じて日本に帰国できなかったり、スケートリンクも3カ月閉鎖していたので、何のためにカナダにいるのだろう…って。できることも本当に限られていて、どの方もそうだったと思うんですけど、先の見えない中でどうしたらいいのだろう…という思いで過ごしていた時期です」(木原)

「私もカナダに1年半という長い期間ずっといるというのはなかったので、ホームシックであったり、試合がない状態で私たちはどこを目指せばいいのだろう…という思いがすごく大きかったです」(三浦)

合言葉は「いつか必ず出番が来る」

そんな状況下でも、逆境を乗り越え強くなるために2人が大事にしていたある“合言葉”があるという。