乗客106人、運転士1人が死亡したJR福知山線脱線事故から25日で21年。
大けがを負いながらも、奇跡的に命は助かった女性。自分が生かされた意味。その記憶と経験を初めて学生の前で語った。
■奇跡的に命は助かったものの…人生が一変した浅井さん
浅井友子さん:21年前に大きな事故があったんです。私は当時、この電車に乗っていました。ここら辺かな。
学生:えー!!
浅井友子さん(41)。21年前のあの日、人生が一変した。
浅井友子さん:『助けてー助けてー』って言っている人達もたくさんいました。もう血だらけの人達もいっぱい。
浅井さんは2両目に乗っていて、奇跡的に命は助かったが、骨盤3カ所を折る重傷を負い、心にも大きな傷が残った。

■事故から4年後にPTSDを発症。電車に乗る訓練を重ねるも…
浅井友子さん:フラッシュバックが起きてしまうとパニックを起こしてしまって、なかなか戻ってこられない。事故車両の中で目が覚めた時の光景が見える。幻聴みたいな感じで。悲鳴が聞こえたりとか。
事故から4年後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症。
電車に乗る訓練を重ねましたが、どうしても事故の恐怖が蘇る。
友人:大丈夫?
浅井友子さん:怖かった。
友人:いけた?
浅井友子さん:怖かった
浅井友子さん:極力(電車には)乗りたくない。出来れば車で移動している。できる限り。

■偶然にも事故現場の近くで働くことがきっかけで“電車が見える”生活に
浅井さんは3年前から専門学校で介護福祉士を目指す海外からの学生を指導している。そこは偶然にも事故現場のすぐ近くだった。
浅井友子さん:ずっと電車が見えているんですけどね。不安になったりとか、怖いとかという感覚は全然ないので。むしろ見張っている感じですかね。

■学生の前で自身の記憶と経験を伝えることに
浅井さんはことし、学生の前で、自身の記憶と経験を伝えることを決めた。
浅井友子さん:もう、すごく怖くて怖くて仕方がなかった。そういうのが一日に何回も何回もおきるんです。大きな音とかを聞くと、怖い、怖い、怖い、ってずっとこんなふうでした。
ただ電車に乗っただけ、だけど、『私が悪かった』、『私が死んでたらよかった』って思うんです。他の人が亡くなった代わりに私が生きている、『私が生き残った』『私が悪い』こんな気持ちになるんです。
浅井友子さん:でも、今は思いません。私、今は生きててよかった、助かってよかったっていうふうに今は思います。生きてるってすごい奇跡的なことですよ。
事故の経験を多くの人の前で話すのは初めてのことだった。
浅井友子さん:今はこの学校に入って学生に教えているので、私ができることを一歩一歩進めていけたらといいかなと思います。
事故の記憶を伝え続ける。あの日生かされた自分の責務だと感じている。
(関西テレビ「newsランナー」 2026年4月23日放送)

