JR福知山線の脱線事故から25日で21年です。
兵庫県尼崎市の事故現場では追悼慰霊式が行われました。
事故現場の跡に整備された「祈りの杜」には、25日朝から遺族などが集まり、祈りを捧げました。
2005年4月25日、JR福知山線の快速列車は制限速度を大きく超えて脱線し、マンションに衝突。
乗客106人と運転士が死亡し、562人が重軽傷を負いました。
母親を亡くした尾形麗さんは「4月25日というのは、一般的に見れば何気ない普通の日かもしれないですけど、母からするとあの日からずっと止まっている状態なんで」と話します。
事故で負傷した小椋聡さんは「僕の周りでは目の前で亡くなった方がたくさんいましたし、助けてくださいって言っていたのに、助けてあげられない方がたくさんいたんです」と話します。
JR西日本の倉坂社長は謝罪したうえで、「私をはじめ、事故を経験した世代が次の世代へ事故の反省と教訓を語り継いでいきます」としました。