■世界から集まるスキーヤー
スタートラインに立つのは、84歳の元会社員から、海外からの初出場者、そして過去のオリンピック出場選手まで。長野県白馬村の八方尾根スキー場で毎年開催されるリーゼンスラローム大会は、スキーができれば誰でも参加できる「日本一の草レース」として知られる。2026年、大会は第80回という節目を迎えた。長い歴史を刻む一方で、白馬八方尾根は今、大きな変貌を遂げている。1998年の長野冬季オリンピックでアルペンスキーの滑降とスーパー大回転の舞台となったこのスキー場は、オリンピックを経て世界にその名を知らしめた。
現在、2024-25年シーズンの冬の観光客は過去20年で最も多い約130万人に達し、スキー場の利用客約90万人のうち実に46%がインバウンドの外国人客だという。
国際ゲレンデには、外国人専門にスキーを指導するエヴァーグリーン・インターナショナルスキースクールがあり、子どもから大人まで毎日約400人がレッスンを受講している。外国人インストラクターは200人余り、その国籍は23か国に上り、16の言語に対応しているという。
このスクールを2000年に開校したのが、1994年にカナダから移住したデイビッド・エンライトさんだ。
「雪質と、やっぱり大きい山であったりですね。白馬バレーは結構広くて、八方も急な場所で」
外国人にとっての白馬の魅力を語るデイビッドさんは、移住して30年余り。日本の伝統文化にも精通し、名木山ゲレンデで毎年行われる火祭りでは、スクールスタッフと共に「おんべ」と呼ばれるどんど焼きの櫓を組んで火祭りを盛り上げる。
「自然もそうだし、伝統や歴史が白馬は強いから、日本の心がお客さんに伝わればいいなと思います」
外国人も暮らす地域の共生の象徴として、祭りは今も続いている。
■未来を見据え 2027年新しい姿に
国内外で人気が高まる白馬八方尾根では今、未来を見据えた「次世代プロジェクト」が動いている。スキー場を運営する八方尾根開発と白馬観光開発は、新しいゴンドラリフトとセンターハウスの建設計画を推進中だ。
先進的で高級感あふれる日本初導入の搬器デザインと利便性・快適性を大幅に向上させたベースエリアの完成予想図が2025年10月に発表され、2027年12月の運行開始に向けて期待が高まっている。
八方尾根開発の丸山直樹社長はこう語る。
「世界水準のリゾートを作っていかなきゃいけないと考えた時、八方の大動脈であるゴンドラリフトが築40年を超えてきたというところも、ハード的にも更新の時期が来ている。単なるゴンドラリフトのかけ替えではなく、国内のお客様も含め、利用しやすい状況をしっかり整えていきたい」
ゴンドラリフトの山麓駅とインフォメーション機能を備えたベースセンターは名木山エリアに新設予定で、2027年12月、八方尾根スキー場は新しい姿に生まれ変わる。
■劇団が体現する「草レース」の精神
大会の魅力は、競技の質だけにあるのではない。ペンション「めぞん・ど・ささがわ」の主、笹川陽子さんが率いる「劇団ささがわ」というチームの存在が、草レースの本質を体現している。
陽子さんは家族や友人、宿泊客とチームを組んで大会に出場し続けている。2026年は4年前に亡くなった父・正通さんとの思い出も胸に、長男の拓也さんと共に出場した。さらにオーストラリアから長期滞在している宿泊客・松尾美穂さんも初エントリーした。
チーム名の由来について、陽子さんはこう語る。
「人生は舞台というのが根底にありまして、人はなりたいものになれるんだというところが肝で。なおかつこの白銀のステージで演じきるというところから始まりました」
大会終了後には「めぞん・ど・ささがわ」で独自の表彰式も開かれ、初出場の美穂さんが最優秀主演女優賞に選ばれた。「とっても気持ちよかったです。楽しかった」と語る美穂さんの笑顔と、「来年また来ます、八方最高です」という言葉が、草レースの醍醐味を示していた。
■第80回大会 553人が挑んだ斜面
2026年2月、第80回大会は2日間にわたって開催された。
大会前日は雨となり、大会を主管する八方尾根スキースクールのメンバーが悪天候の中でコース作りに取り組んだ。暖冬による雪不足のため、名木山ゲレンデが使えず、ゴール地点は上部に変更された。雪面を固くするために撒かれた硫安、通称スノーセメントによって、安定したバーンが維持された。
大会は年代別に男子7部、女子3部に分かれ、年齢・性別を問わないオープンクラスも用意されている。エントリーは延べ553人。初日の競技に出場したのは約350人で、それぞれが力を尽くして長大な斜面に立ち向かった。
男子7部(80歳以上)で84歳の手塚昌信さんが2分33秒44で完走を果たし、男子2部では2連覇の後に2025年優勝を逃していた鬼澤行正さんが1分13秒42のこの日最速タイムで王座を奪還した。
また白馬高校スキー部出身の23歳・柴田侑志さんがクラウチング姿勢鮮やかに1分16秒42で男子1部を制した。80回記念として、白馬村と姉妹提携するオーストリアのレッヒから4人の選手も招かれ、大会に花を添えた。
■「出場することは選手の誇り」
完走した選手に贈られる完走証明書は、選手たちにとって大きな誇りだ。さらに、規定タイムを上回ると贈られる黒・青・赤の三色バッジは、スキーヤーにとっての勲章として珍重されている。
部門ごとに行われる表彰式では、大会の生みの親・福岡孝行が寄贈した盾による福岡賞が男子2部の優勝者に贈られた。
女子2部でこのクラス4位に入賞した陽子さんは、大会を終えてこう語った。
「今まで80回出てこられた方々があって今があって、これをずっと続けていくには、若い世代がもっとこの大会を通して得るものを感じて、出て初めて共感できる、気持ちの共有や体験の共有がすごくあるので、そういうのを一人でも多くの人と分かち合いたいです」
八方尾根開発で36回目の大会に出場した今井佳久さん、東京大学大学院で工学を研究しながら白馬への思いを胸に出場する深澤佳太さん、「あと80年ぐらい出たい」と語る若い選手たち、それぞれが白馬の雪上に自らの軌跡を刻んだ。
80年前、福岡孝行がこの八方尾根にスキーコースの夢を描いてから、脈々と刻まれてきた誇りの軌跡。選手と地元の人たちのスキーへの情熱、リーゼンスピリットがある限り、リーゼンスラローム大会はこれからも未来へのシュプールを描き続ける。
(完/全2章)
この記事は、NBSフォーカス信州「白馬を滑る 誇りの軌跡〜リーゼンスラローム80年の物語〜」(制作:長野放送/放送:2026年3月27日)をもとに作成しました。