アメリカのブルームバーグ通信は1日、イランがホルムズ海峡の通航料として原油1バレルあたり少なくとも1ドル程度を課し、支払いは人民元または暗号資産(いわゆる仮想通貨)で行われていると報じた。「友好国」の船舶であれば通航料の支払いによって航行を認めているとされている。

大型タンカー1隻で3億2000万円

友好度は5段階でランク付けされ、高いほどより有利な条件を得やすいという。「VLCC」と呼ばれる大型原油タンカーの積載能力は約200万バレルとされ、1バレル=1ドルの通航料なら約200万ドル、日本円で約3億2000万円が課されることになる。

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イギリスの海運情報分析会社ロイズ・リスト・インテリジェンスの分析によれば、ホルムズ海峡でのイランの「料金所」システムは、3月半ば以降機能中だ。革命防衛隊が管理する回廊だけを通過するルートに船舶が誘導されていて、その実態は、次のようなものだという。

船舶運航者は移動前に革命防衛隊とつながりのある仲介者に連絡し、貨物の明細や目的地、クルー名簿などを提出するよう求められる。仲介者が革命防衛隊海軍司令部に書類のパッケージを送付し、審査をパスすると、クリアランスコードが発行され航路が指示される。無線を通じてコードの確認が行われたあと、イランの高速艇が護衛して、船舶がホルムズ海峡を通過する。

3月13日から24日までに合計26隻の船舶がこのシステムのもとで事前承認されたルートを通っていて、少なくとも2隻は人民元で直接通航料を支払ったという。1隻は約200万ドルの料金が課されたと報告されている。

ドル建て決済の迂回手段か

なぜ、人民元や暗号資産での支払いなのだろうか。

現在の国際決済は、ベルギーに本部を置くSwift=国際銀行間通信協会のシステムを通じて送金情報をやり取りするのが主流だ。200か国以上の1万1000を超える金融機関などをつなぎ、事実上の国際標準になっている。うち4割超がドル決済で、Swiftがドル覇権を支えている状況だ。

中国人民銀行
中国人民銀行

これに対し、中国の中央銀行である中国人民銀行が導入したのがCIPSと呼ばれる人民元の国際銀行間決済システムだ。英語で手続きされ、取引ごとに即時決済ができるようにして人民元決済の間口を広げた。システムに口座を持つ「直接参加行」と、直接行を介してつながる「間接参加行」で構成され、いずれかと取引すれば中国企業の口座に簡単に資金を移せる。取扱額は拡大しているが、参加者は約1800で、Swiftとの差は依然大きい。

アメリカなどから経済制裁の対象に指定されると、Swift送金網からの排除につながって、貿易取引に伴う資金決済などができなくなる。2018年には複数のイランの銀行が接続を遮断され、2022年にはウクライナ侵攻への制裁としてロシアの大手銀行がSwiftから締め出された。

中国の金融システムで取引完結も

アメリカのアトランティック・カウンシルによると、イランは中国に対し、投資や商品購入などと引き換えに割引された原油を販売しているが、アメリカの監視リスクを減らすために人民元で処理される支払いが増え、人民元の国際化を後押ししている。中国の精製業者は非ドル銀行などを通じてイラン産原油を購入し、資金は管理された口座に保管されて、直接イランの銀行システムに流れ込んでいないのが現状だが、CIPSシステムがこうした人民元建てのイラン産原油取引のプラットフォームとして機能し、CIPSに直接参加しているUAE=アラブ首長国連邦の金融機関が重要なプレーヤーとして浮上する可能性を指摘している。CIPSの枠内で決済が完了すれば、中国の金融システムの中で取引が完結することになる。

中国人民元(資料)
中国人民元(資料)

アトランティック・カウンシルの分析では、3月中旬から下旬にかけてのCIPSの1日あたり取引量は、過去1年間の平均の1.2~1.5倍となっていて、決済基盤としての成長を示す数字となっている。人民元取引が、原油取引や通航料での支払いを通じてドル建て決済の迂回手段としての機能を強めていけば、その存在感を広げていく可能性がある。

一方、暗号資産をめぐって指摘されているのが、制裁回避などでの利用目的だ。

金融取引データの分析会社チェイナリシスは、アメリカ・イスラエルによる攻撃後、イラン国内の暗号資産の主な取引所での活動が急速に増加し、攻撃があった2月28日からの3日間で、約1030万ドル(約16億2000万円)相当の暗号資産が引き出されたと発表している。引き出しが急増したウォレット(電子財布)の中には、過去に革命防衛隊に属すると特定されたもの、あるいは革命防衛隊の資金を処理するサービスと上流や下流で取引関係にあるものが存在し、攻撃後の活動の少なくとも一部はイラン国家による資金移動による可能性がある。通航料を暗号資産で得た場合、革命防衛隊や関連組織などによる国境を超えた取引に利用され、資金洗浄などに使われるおそれが指摘されている。

通航料で月1280億円超

現在の国際金融秩序では、原油取引がアメリカのドルを基軸として行われることで、ドル建て資産に対する世界的な需要が着実に生み出されている。この構造は「ペトロダラー体制」と呼ばれ、アメリカはこのしくみを通じて、金融市場での支配的地位を維持してきた。

アメリカのEIA(エネルギー情報局)が公表した報告で、2024年にホルムズ海峡を通過した原油が1日当たり約2000万バレルだったことを踏まえると、通航料は原油だけで1日約2000万ドル(約32億円)、1カ月で約6億ドル(約960億円)にも達する。米CNNによれば、LNG輸送を含めると、その額は月8億ドル(1280億円)超に上る可能性があり、イランの月間原油輸出収益の約15~20%に相当し、エジプトのスエズ運河の月平均収益に匹敵し得る。

人民元と暗号資産決済で国際制裁を回避すれば、イランは相当額の超過利益を得ることになる。ドルの優位性を直ちに脅かすのは難しいとみられるものの、ドル圏の外側で人民元決済が進んでいけば、ドル覇権に挑戦する材料になり得る。地政学的要衝をめぐる緊張状態は、エネルギー供給だけでなく、ドル基軸の金融秩序をめぐっても、注視が必要な局面になってきた。
(フジテレビ解説副委員長 智田裕一)

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
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できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、経済部にて兜・日銀キャップ、財務省・内閣府担当、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、農水省政策評価第三者委員会委員