鹿児島県阿久根市の海底に、81年もの間ひっそりと沈んでいた旧日本海軍の戦闘機がある。第二次世界大戦末期、アメリカ軍機との空中戦の末に不時着した「紫電改」だ。世界に現存するのはわずか5機、国内ではこの機体以外にたった1機しか残っていないという、極めて貴重な戦争遺産である。その引き揚げが4月8日に迫る中、3月31日、関係者らが現場近くの神社に集まり、作業の安全を祈願した。
海底に眠る「翼」――200メートル先に残された戦争の記憶
阿久根市脇本海岸から沖へ約200メートル。その海底に、紫電改は今も横たわっている。
80年以上の歳月を経てもなお、翼や特徴的な20ミリ機銃が確認されているという。波に揺られ続けながらも、機体は驚くほど原形をとどめているのだ。

この戦闘機が海に沈んだのは、第二次世界大戦末期のことだ。アメリカ軍機との空中戦の末、機体は阿久根市沖に不時着。乗員の林喜重大尉は戦死し、機体だけが長い年月をかけて静かに海の底に残された。以来81年、誰にも引き揚げられることなく、地元の海がその姿を守り続けてきた。

地元NPOが立ち上がる――クラウドファンディングで実現へ
この貴重な機体を後世に伝えようと動き出したのが、地元住民らで構成されるNPO「北薩の戦争遺産を後世に遺す会」だ。クラウドファンディングなどで広く資金を募り、4月8日の引き揚げ実施にこぎつけた。
同会の肥本英輔会長は現場への思いをこう語る。
「翼が非常にきちんと残っている。全国の皆さん、若い方含めて見て欲しい。無事に機体を引き揚げて何とか成功させたいと思っている」
長年にわたって地域に眠り続けた戦争の記憶を、形として残したいという強い思いが伝わってくる言葉だ。全国からの支援を集め、地域の人々が一丸となって取り組むこのプロジェクトは、阿久根市のコミュニティが歴史の継承に向けて発信する大きな一歩でもある。

4月8日へ――安全祈願に込められた願い
引き揚げを4月8日に控えた3月31日、作業現場近くの神社で神事が執り行われた。関係者らが集まり、作業の無事と安全を静かに祈願した。
海底での引き揚げ作業は、決して容易ではない。80年以上の時を経た機体をいかに損傷なく回収できるか。そこには技術的な困難も伴う。祈願の場に集まった人々の表情には、期待と緊張が入り混じっていた。
紫電改は、現在世界に現存するのがわずか5機という極めて希少な機体だ。国内でも確認されているのはこの阿久根市沖の機体を含めて2機のみ。それがこれほど良好な状態で海底に残っていること自体、歴史的に見ても非常に意義深い。

歴史を「見える形」で次世代へ
戦争の記憶は、年月とともに薄れていく。直接その時代を生きた人々が少なくなっていく中で、実物の遺産が持つ力は大きい。
肥本会長が「全国の皆さん、若い方含めて見て欲しい」と語るように、引き揚げられた紫電改は単なる遺物ではなく、戦争という歴史を肌で感じさせる教材でもある。阿久根市という地域から、81年の時を超えた物語が全国へと発信されようとしている。
4月8日の引き揚げが成功を収め、紫電改が再び地上の光を浴びる日が、静かに近づいている。
(動画で見る▶阿久根沖に沈んだ旧日本海軍の戦闘機“紫電改” 4月8日に引き揚げへ 81年ぶりの収容作業)
