鹿児島県内で、女性リーダーの存在感が増している。4月、姶良市に県内自治体初の女性市長が誕生し、民間でも女性社長の比率が初めて全国平均に並んだ。だが、その数はまだ1割にも満たない。「男とか女とか関係なく、そういう言葉が出てこない時代に早くなったらいい」――30年近く先頭に立ち続けてきた女性経営者の言葉が、今の鹿児島の現在地を静かに示している。
県内自治体初の女性市長が誕生
2026年4月、姶良市役所に初登庁した米丸麻希子新市長は、鹿児島県内の自治体で初めて誕生した女性のリーダーだ。登庁の場で米丸市長は「市民に一番近い市長でありたいと考えています」と抱負を語った。

支援者からも期待の声が相次いだ。「女性の目線といったらちょっと古いかもしれませんけど、男性で足りない部分を補充して頂けるのかな」「頑張って欲しいです」――。鹿児島の政治に、新しい風が吹いた瞬間だった。
5月5日の地元イベントでは、市民と気さくに言葉を交わす米丸市長の姿があった。「この仕事がつらいよ!みたいなことをいったら誰もやってくれなくなる。これから色んなことがあると思うんですけど、この仕事はやりがいがあるよということを伝えていくのも最初の役割」。まだ市長になりたてながら、その言葉には覚悟がにじんでいた。

女性社長の比率、初めて全国平均に並ぶ
政治だけではない。民間でも変化は着実に進んでいる。民間の調査会社・帝国データバンクが2026年4月に公表したデータによると、鹿児島県内の女性社長の比率は8.6パーセントと、統計が残る1990年と比べて2倍に増加した。初めて全国平均と並んだ数字だ。

女性のキャリア形成を研究する関西学院大学の大内章子教授は、女性リーダーの意義をこう説く。「女性が意思決定層にいることはとにかく大事。例えば商品やサービスでイノベーションを起こしたいといったときに、多様な意見を言い合えること、主張できること、共有できることによって、サービス、製品、新しいもの、新しい付加価値の高い商品を生み出せる」。

数字の伸びは歓迎すべきことだが、まだ1割にも満たない現実がある。大内教授によれば、変化の転換点は「理論的に30%を超えた時」だという。「女性が少ないと目立つので、だから『女性初』、『女性〇〇』となる。これが30%を超えた時に、女性が特別ではなくて、個人として差が見られるときに変わっていく」。
20歳で経営者の道へ――先駆者・宮之原明子さんの歩み
県内の女性経営者の先駆けとして注目されるのが、鹿児島市に本社を置く人材サポート会社・清友の社長、宮之原明子さん(51歳)だ。

宮之原さんは鹿児島の短大を卒業後、関東での就職が内定していた。しかし、がんで余命宣告を受けた母親の会社を継ぐため、20歳という若さで経営者の道を歩み始めた。パーティーやイベントにコンパニオンを派遣する会社を切り盛りしながら、自らも現場に立ち続けた。

29歳で結婚し、子宝にも恵まれた。だが、当時は今よりもはるかに女性リーダーが少ない時代。周囲からの風当たりは強かった。「母から引き継いだ時は、夜お仕事でパーティーの会場に行ってお客様の挨拶にまわっていると、『子ども産んでるのに、子どもさんはどうしてるの?こんなところにいないで子どものお世話をしなさい』と言われてしまうような時代からスタートしている」。
そんな逆境の中で宮之原さんを支えたのは、ある信念だった。「関わる全ての人に愛情をもって優しく接してほしいし、大切にしてほしい」。この思いは、経営の形にも反映された。従業員の幸せを考え、自社ビルに託児所を設置(現在は閉所)。女性の職場復帰を積極的に後押ししてきた。

「全ての答えが現場にある」――経営者として貫くスタイル
働きやすい環境づくりへの取り組みは、共に働く仲間からの厚い信頼につながっている。部下の若松敬子さんはこう語る。「社長がオフィスにいるほうが社内が明るくなるというちょっと珍しい会社」「子育てとか家庭の両立にすごく理解が厚い。何も事情を言わなくても、逆に気を遣って声をかけてもらえることも多い」。

客の幸せを考えて新たに踏み出したのが飲食業だ。2018年には鹿児島では珍しいフルーツパーラーをオープン。障害がある人もスタッフとして雇用する、就労支援を兼ねたビジネスとして展開している。運営する大学のカフェもそうした思いの延長線上にある。「宝物のような時間としてお友達との記念に残るような場所にして欲しい」。大学生からも「できてすごく活気あふれるなーみたいな」「チルタイムに入ろうと」と好評を博している。

宮之原さんが経営者として大切にしているのは、現場に足を運ぶことだ。取材の日も、4月にオープンしたばかりの鹿児島国際大学のカフェを訪れ、スタッフや大学生と言葉を交わしていた。「毎日コンパニオンの制服を着て現場に出てお客様と話したり、スタッフにしっかり意見を聞いて話をしたりして現場を作ってきた。今でも全ての答えが現場にあるというのは痛感してまして」。

約30年で1000人の仲間と――「女性のほうが評価される時代に」
母の会社を継いでから約30年。宮之原さんは今や4つの会社や団体で約1000人の仲間と働く女性リーダーへと成長した。この間の環境の変化を、宮之原さんはこう受け止めている。
「同じ能力で会社で働いているとすると、男女平等という言葉が非常にうたわれているので、であれば女性のほうが評価される。そういう時代に今日本がようやくなってきたかなと思います」。

そして宮之原さんは、これからの鹿児島についてこう語った。
「自分のありたい在り方、自分の働きたい働き方、そういったことができるような、それが男とか女とか関係なく、そういう言葉が出てこない時代に早くなったらいいなと思っています」。
「特別」ではなくなる日を目指して
新市長の米丸さんも、宮之原さんと似た思いを持っている。「この仕事はやりがいがあるよということを伝えていくのも最初の役割」という言葉には、後に続く女性たちへのメッセージが込められている。

県内の女性社長比率は8.6パーセント。大内教授が語る「30%」という転換点にはまだ遠い。しかし、政治の場に初の女性市長が誕生し、30年近く現場に立ち続けてきた女性経営者が1000人の仲間と共に歩む鹿児島の今は、確かに変わりつつある。
「女性初」という言葉が特別でなくなる日。それがいつ来るかは、社会全体が積み重ねていく一歩一歩にかかっている。鹿児島で新たな道を切り開く女性リーダーたちの思いが、鹿児島をどう変えていくのか――注目し続けたい。
【動画で見る▶「女性リーダー」最前線 鹿児島初の女性市長誕生と民間女性経営者の軌跡 人材・地域をつなぐ挑戦】
