「僕は絶対復活します」――歩くことも難しいほどのケガを負いながら、炎鵬はそう言い切った。恩師でさえ「もう難しいだろう」と覚悟した重症から、序ノ口まで落ちた番付をゼロから積み上げ、ついに関取の地位を取り戻した。序ノ口まで落ちた元幕内力士が十両に復帰するのは史上初。32歳の小兵力士が相撲史に新たな1ページを加えた。

序の口まで落ちた炎鵬の再十両は「史上初」の快挙

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日本相撲協会は25日、番付編成会議を開き、幕下4枚目で春場所5勝2敗の成績を挙げた炎鵬の再十両昇進を決定した。十両への復帰は3年ぶり。序ノ口まで番付を落とした元幕内力士が再び十両の座へ戻るのは、大相撲の歴史の中で初めてのことである。

映像は今から17年ほど前、2009年11月にさかのぼる。西南部道場でのインタビュー映像の中に、まだあどけなさを残した少年の顔がある。記者から「(同級生の輝関に)勝ったことはあるんですか」と問われた少年は、臆することなく「いや、あります」と即答した。「何回ぐらい」と重ねて聞かれると「いや、10回ぐらいあるんじゃないですかね、大会で」とさらりと返した。
この少年こそ、金沢市出身の炎鵬だ。

中学時代の炎鵬
中学時代の炎鵬

中学時代の同級生だった輝関はその後すぐに相撲部屋へ入門し、プロの道へ進んだ。一方、炎鵬は高校・大学へと進学の道を選んだ。就職活動をしていた大学4年のとき、転機が訪れる。当時の横綱・白鵬に誘われる形で角界入りを決意した。

167センチの小兵が魅せた「技の相撲」

初土俵は2017年春場所。宮城野部屋(当時)に入門した炎鵬は、着実に番付を駆け上がっていく。初土俵からわずか1年で十両昇進を果たし、2019年夏場所にはついに幕内の土俵へと上がった。

身長167センチ。大相撲の世界では「小兵」と呼ばれる体格だ。しかし炎鵬が見せたのは、体格差を技で覆す相撲だった。はたき込み、引き落とし、下手投げ――豊富な引き出しから繰り出される多彩な技で、自分の倍近い体重を持つ巨漢力士を次々と土俵の外へ送り出す。その光景は相撲ファンの心をつかみ、炎鵬は一躍、人気力士へと駆け上がった。

「脊髄損傷」――番付最下位への転落

しかし3年前の夏場所中に炎鵬を襲った大けが。それは『脊髄損傷』
力士だけではなく一般の人にとっても辛いけがの一つだ。

恩師・大澤恵介総監督(金沢学院大学相撲部)によると、「歩くことも難しいくらいの重症」だったという。炎鵬はそのまま丸々1年間の休場を余儀なくされた。幕内で活躍していた力士の番付は、下がり続け、ついには番付の最下位にあたる「序ノ口」にまで落ちた。

元幕内力士が序ノ口まで番付を落とすこと自体、異例中の異例だ。そこから十両に返り咲くためには、土俵で勝ち続けなければならない。数十番の取組を重ね、何場所もかけて番付を積み上げていく――それは気の遠くなるような道のりだった。

「負けず嫌い」が折れなかった

炎鵬がかつて石川テレビの番組に出演した際、こんな言葉を残していた。
「僕はとにかく負けず嫌いで。負けることがとにかく大嫌いで。かっこ悪いというか、だから負けたくないっていう気持ちは、やっぱ誰よりも昔から強かった」

この言葉は単なる強がりではなかった。怪我からの回復過程でも、炎鵬は周囲の予想を裏切り続けた。大澤監督は当時の様子をこう振り返る。
「怪我が怪我だったんで、もう難しいだろうなあと思っていましたね。でも復帰に向けて頑張りますって言うんで、いやいや、このあとの人生のほうが大事なんだから、無理するなって言っていたんですけども」

しかし炎鵬は首を縦に振らなかった。「僕は絶対復活します」。その一言を胸に、リハビリに取り組み続けた。

不撓不屈の精神は言葉どおりに結実した。一昨年の名古屋場所、炎鵬は土俵に帰ってきた。

直後の地元、金沢での巡業。長い休場を経て、観客の声援の前に再び立った瞬間を、炎鵬はこう語っている。
「1年間お休みしていたのもあって、どういうふうに皆さんが迎え入れてくれるのかなっていう気持ちではあったんですけど、すごいパワーをいただきました」

「場所中にも連絡取り合ってた」――先輩・高立が語る絆

復帰への道のりを近くで見守っていた人物がいる。西南部道場時代からの先輩で、元十両の高立さんだ。場所中も炎鵬と連絡を取り合っていたという高立さんは、後輩の強さをこう語った。
「やっぱり負けん気ですね。ほんとに負けん気は、もうどの力士よりもすごいありますし。その気持ちだけで、炎鵬関もすごい頑張ってたと思うので」

そして今後への期待も口にした。
「番付編成会議まで本人もハラハラだったりしたと思うんですけど、関取に復帰したということで、とりあえずは少し休息を取ってもらって、また稽古再開して、5月場所もしっかり活躍してもらいたいですね。十両の土俵で暴れて、次は幕内に返り咲いてもらいたいですね」

恩師・大澤監督に届いた「おかげさんで」の電話

炎鵬が高校・大学時代を過ごした金沢学院大学の相撲道場。後輩たちが今日も稽古に励んでいる。

金沢学院大学の相撲場
金沢学院大学の相撲場

番付編成会議が開かれたその日、道場を訪れた取材班の目の前で、恩師・大澤恵介監督の電話が鳴った。相手は炎鵬本人だった。
「おかげさんで十両昇進しました」

電話口からそう聞かされた大澤監督は、満面の笑みを浮かべながら言った。
「そりゃあうれしい」

電話を切った後、後輩の力士たちを前に大澤監督はこう語りかけた。
「今ね、みんなの先輩の炎鵬関から連絡があって、再十両昇進が決まりました。すごい怪我を乗り越えてね、頑張ったんだから、見習って。目標にする先輩として、皆さんも頑張ってください」

そして改めて、教え子への言葉を絞り出すように続けた。
「練習に対してと稽古に対しても貪欲で、いろんなことを教えてほしいっていうような姿勢がすごく感じましたね。いやー、すごいっす。すごいっす。ほんとうれしいっす。なんか横綱に昇進したような、それぐらいのうれしさですよね」

大澤監督にとっての炎鵬の十両復帰は、横綱昇進に匹敵するほどの喜びだった。それはこの怪我がいかに深刻で、復帰がいかに険しい道のりだったかを、誰よりも間近で見てきたからこそ出た言葉だろう。

 再び「関取」として土俵へ

関取に復帰した今、先輩・高立さんが期待を寄せるのは「幕内への返り咲き」だ。十両はゴールではなく、次のステージへの入り口だ。5月の夏場所で炎鵬がどんな相撲を取るか、金沢の人々だけでなく、全国の相撲ファンが固唾をのんで見守っている。

序ノ口からの再出発を経て、再び「関取」の名を手にした炎鵬。負けず嫌いの男は、まだ前を向いている。

(石川テレビ)

石川テレビ
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