飛騨市の母子保健事業は、法定事業の実施だけに留まらず、市民に寄り添う独自の支援を生み出すなど年々変化し続けています。令和7年度から始まった「産後ケアの無料クーポン8枚配布」や、多胎児家庭を支えるプロジェクトは全国的に見ても先進的な取り組み。こうした現場に即した手厚い支援は、一体どのようにして生まれるのか。市の保健師2人、他自治体からの転職組である田村亜紀と看護師から保健師に転身した1児の母でもある久保郁美から、事業の背景や企画づくりのプロセス、その根底にある考え方などを伺いました。
左:久保郁美 / 右:田村亜紀
「命を守る」という強い共通認識
──飛騨市の母子保健事業は、とても手厚いと感じています。その理由や背景はどういったものがあるのでしょうか。
田村:飛騨市の母子保健事業が手厚い理由は、もちろん命がすべての始まり、未来を繋いでいくかけがえのないものであるということもありますが、約30年以上前に市内の産科がなくなったという医療環境の変化も大きく起因していると感じています。妊婦さんは高山市や富山市など、車で最低30〜40分以上かかる場所まで行かなければいけない。
市内に『産める場所がない』という状況は、母子の命に直結する深刻なリスクです。そのため、「とにかく命を守る」「お母さんや赤ちゃんを孤立させない」という強い共通認識が職員の中で生まれていった。
そうした背景もあって、市の予算を使ってでも制度や環境を整えようという動きが生まれていき、支援の充実化につながっていったのだと思います。
──飛騨市の母子保健事業の特長的な施策を教えてください。
久保:妊婦訪問全数実施や多岐にわたる産前産後ケアは特長的な施策の1つだと思います。産後ケアは令和3年(2021年)に法定事業としてどこの自治体も必要だと国からの指示で全国的に行われるようになりましたが、飛騨市は平成30年から取り組み始めています。
また令和元年から、地域の助産師さんたちと連携したデイサービス型産前産後サポート事業「にこにこルーム まるん」を開設。さらに「子育て支援ヘルパー」「乳児託児」を実施し、多職種が連携した『飛騨市産前産後ママサポプロジェクト』を開始しました。
今年度からは、飛騨市産後ケア訪問型無料券交付、多胎児家庭への支援の制度化や、多胎家庭を支援するサポーターの養成講座も開催しました。
対話とデータで磨く現場から生まれる支援制度
「とにかく顔を見る」現場と職員をつなぐ文化
飛騨市の母子保健チームは、保健師3名、管理栄養士1名、助産師1名、看護師1名の6人。年間出生数約100人を、この6人で切れ目なく支援しています。
──出生数約100人という規模に対して、6人体制での支援というのは人数としても多い方でしょうか?
田村:多い方だとは思います。これだけの人員を割いているというのも、飛騨市が母子保健事業を重要視していることの現れだと思いますが、今実施している丁寧な支援をやろうと思うとギリギリだとも感じています。
──現場に寄り添う質の高い支援制度をつくり続けられる理由はどこにあるのでしょうか。
田村:『直接会うこと』を大事にする姿勢は、飛騨市の母子事業の質の高い支援に欠かせないと思います。短時間でもいいから顔を見る、直接声をかける。こういったことを退職された方々含め、先輩の保健師たちが大事にしてこられていて、それが文化として根付いている。
電話でちょこっと話すのと、直接会ってコミュニケーションを取るのでは、得られる情報が全然違うんですよね。母子手帳交付、妊婦訪問全数実施、乳幼児健診など会える機会を大切にするのはもちろん、普段からも顔を見てのコミュニケーションをみんなで意識しています。
乳幼児健診での面談の様子
久保:入庁してすごく驚いたのが、母子担当の保健師たちが関わるお母さんたちのことをみんなよく把握していたこと。
一人ひとりへの関わりがとても深いことに驚きましたが、この深い関係性があるからこそ、届くサービスがあるし、市民のリアルな声を拾うことができ、よりよい支援に繋げられると感じています。
自分が担当した方が、廊下ですれ違うときに声をかけてくれたり、電話でも「久保さんいますか」と頼ってくださったり、そういう関係が築けるのは嬉しいし、困ったときにSOSが出せる場でもありたいと願っています。
現場の声を「仕組み」に変える、データ検証とカンファレンス
──他にも質の高い施策を企画を立案・実施するために大切にしていることはありますか。
田村:行政で働く保健師の仕事は『個から集団へ。集団から個へ』。一人ひとりに寄り添い支援を重ねる中で見えてきた課題を、仕組みとして整理し、誰もが使える形にしていく。
これは行政という立場にいる私たちだからこそ担える役割であり、同時に、責任をもって向き合わなければならない仕事でもあります。
その際に問われるのが、限られた資源──人やお金を、どう組み立てるのかという視点。質の高い施策をつくっていくためには、現場の声を拾う力だけでなく、客観的な検証やアセスメント機能を持つこともとても大切だと考えています。
久保:たとえば、関わる家庭についてもさまざまな指標を使っています。ご本人は支援が必要だと言っていないけど、今後必要になってくる可能性があるなといったことも推測しながら、施策を考えていくようにしています。
現場で得られた声や、自分たちの課題感に対してもきちんと裏付けのデータを取ることも大切にしています。たとえば飛騨市の乳児相談の1つに12か月児相談があるのですが、今年度から10か月児相談に切り替えました。
これは1歳で保育園に入園させるケースが増えているという現場感覚と、これまでの12か月児相談でお母さんたちから『母乳をやめるかやめないかで迷ってたんですけど、やめたんです』など、10か月頃のほうが悩んでいたという声も多くあったことで、開催時期をずらしたほうがいいのではと検討を始めました。実際に市のデータを分析した結果、『保育園の入所率が1歳で5割を超える』ということがわかり、10か月児に変更しました。
他にも、地域ごとの出生数、周産期死亡の状況、精密検診の結果・受診率、保育園の入園状況といったデータを踏まえながら制度案を作成しています。
田村:それからカンファレンスもとても重要視しています。健診前後はもちろん、月に一度母子担当者でのカンファレンスを行っています。6人のチームなので、普段のコミュニケーションや雑談などで母子の状況など共有出来ているところもありますが、あえてきちんとカンファレンスをすることが大事だと考えています。
雑談だと記録が残らないし、あれどうだったっけ?ということも起きる。共通認識があるようで実はそれぞれ見てるところが違うことも往々にしてあります。認識を合わせるという目的もあるし、それぞれの視点を共有することで状況を立体的・多面的に見ることにも繋がる。
健診が終わったあとのカンファレンス
課題やそれに対してどうするといいかなどを丁寧に全員で共有できていること、主観だけでなく客観的な視点も取り入れながら業務に向き合えていること。こういったことが現場に即した質の高い制度を生み出す土台になっていると感じています。
事例から見る、現場に寄り添う本質的な企画づくり
誰もが気兼ねなく使える「産後ケア事業」へ
──今年度からはじまった新しい取り組みについて聞かせてください。まず、飛騨市産後ケア訪問型無料券交付はどのように生まれたのでしょうか。
田村:産後ケアはもともと「困っている人」向けのサービスという性格が強くて、利用には支援プランの作成と承認が必要。そのプロセスもあり利用できるまでに1〜2日かかるという制度でした。
ただお母さんたちに関わってく中で、程度の差はあれ産後ってみんな大変だよねと。久保が母子担当になってから、もっとみんなに使ってもらえるサービスにしたいと動いてきて、今年度から制度を変えることに至りました。
久保:飛騨市の産後ケアは、どこの自治体よりも気軽に使える制度ではあったと思います。利用率も他の自治体に比べたら高い。けれども、田村も言っていますが利用までにプランを作って承認を得ないといけないのはまだまだハードルが高いと感じていました。
それから、飛騨市のお母さんたちが特にかもしれませんが、遠慮される方が多いんです。こちらがぜひ使ってみてくださいと勧めて、やっと使ってくださる。そして使ってみたら、とてもよかったですと継続利用につながるケースも多くて。どうしたらもっと使ってもらいやすくなるだろうと考えていました。
産後ケア制度と合わせて飛騨市は「母乳マッサージ券」も配布していたんですが、これだとミルクで育てるお母さんたちは支援を受けられない。母乳も大事だけど、産後のサポートって他にも色々ある。お母さんの精神的なケアだって必要。もっと幅広く使ってもらえる形にしたいという想いもあり、今回の制度企画に至りました。
田村:制度としては、母子健康手帳交付に「産後ケア訪問型利用無料券」を8枚配布。母乳ケアだけでなく、沐浴や離乳食の相談、母親自身の休息のために利用もできたりと、サポートできる幅をぐんと広げて、誰もが支援を受けられる形にしました。
今まであった産後ケアも制度として継続しているので、この訪問型無料券8枚を使い切れば、これまでのようにプラン作成+承認を得られれば1割負担で継続して支援を受けられるようにもなっています。
──今回の制度づくりでこだわった部分はありますか。
久保:利用できるプロセスを簡略化することと、“無料”で使えること、“訪問型”というところにこだわりました。
申請不要で利用できる、かつ無料にすることで、遠慮してわたしは大丈夫ですとおっしゃる方にも「無料だから使ってみてください。みんなも使ってますし、もし使ってみて嫌だったらやめていいので」と費用負担を心配されてお断りしてしまう方でもまずは使ってもらえる形に設計しています。
“訪問型”だと、家に来てほしくないという方もいらっしゃるんですが、でもやっぱりそこには何かしらの理由があることって少なくなくって。実際に訪問させてもらって、お母さんのお顔や状況が見えるから、その先の支援に繋げられることがあると感じています。
8枚という数については、これまでの利用率などを踏まえて決定した数なんですが、実は執行部に政策提案する際は予算のこともあり「5枚」で申請していたんです。でも『本当に必要な数はどのくらいなのか』と質問があり8枚ですと伝えたところそれが通って。きちんと根拠を持って出していた数字だからこそ実現できた8枚。先程お伝えした現場感とデータを合わせた制度立案だからこそ本当に必要なサービスが届けられている事例です。
支えあえる仕組みも含めた設計「多胎児家庭支援事業」
──もう一つ、久保さんが力を入れて実現された多胎児家庭への支援についても教えてください。
久保:飛騨市でも年間1組ぐらいの多胎の出生がコンスタントにあるんです。多胎って、単に子ども1人が2人になったから大変さが2倍とかじゃなくて。
多胎育児がどれだけ大変なのか、支援させてもらう中で目の当たりにしました。母子保健事業の支援内容を総動員しても、本当にギリギリ。綱渡り状態だったんです。市として確実に支えられる仕組みを作らなければと想いを強くしました。
事業内容としては、“ピアサポーター”という多胎育児支援の研修を受けたサポーターさんたちから外出の同行支援や、家事や育児等のお手伝いなどを無料で受けられる制度を作りました。
ただ制度が機能するためにはピアサポーターの存在が欠かせないのですが、飛騨市には1名、飛騨エリア全体でみても10名足らずという現状がありました。そこで、ピアサポーターを養成していくことも事業として取り組んでいます。
昨年12月、多胎児支援を行っているNPOぎふ多胎ネットさんの協力を得てピアサポーター養成講座を開催。元保育士さんや助産師さん、お孫さんが双子という方や、多胎育児経験者のお母さんなど様々な方が参加してくださり、新たに12名の方がピアサポーターや*地域多胎支援サポーターになってくださいました。
*ピアサポートは"同じような悩みを持つ人たち同士で支えあう活動"を指すため(ピアサポーターはその実践者)、多胎育児経験者以外の方は「地域多胎支援サポーター」という資格にて活動。
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田村:集まってくださって、ひとまずはホッとしています。今回ピアサポーターやサポーターになってくださった方々は、フルタイムで働いていらっしゃる方も多いのですが、どれだけ活動できるかわからないけど、少しでも力になれたらと受けてくださいました。
市の取り組みって、養成したからには活動してもらわないと困る、みたいに肩に力が入っているようなものが多かった。だけど、まずは知ってもらう、興味があれば来てくださいみたいな関わりができる仕組みを作っていくことって大事だと感じています。
持続可能な支援をつくっていくためには、なにかのタイミングで、わずかでも力になれたらって想いがある人を繋いでいくことって大事だと思うんです。そういう仕組みや体制をこれからも作っていけたらと思っています。
今後の展望 ─持続可能な支援の在り方への模索
──今後の展望や考えてらっしゃることを聞かせてください。
田村:子どもの数は減っていくけど、今のサービスは絶対に維持したい。だからこそ、来年度以降は持続していくにはどうしたらいいか?も考えていきたいと思っています。
人やお金といった資源がなかったらできない話だし、息切れしてもいけない。保健師ももちろんですが、この支援事業に関わってくださる方、協力してくれる方々をどう広げていくか、維持させていくかを考えていきたい。
多胎児家庭支援のピアサポーター養成講座の形もそのひとつ。多胎育児をしたことがあるお母さんたちが、支援者として関わってくれる。そういう形を他の事業でも展開できないかと思っています。
限りある飛騨市の資源のなかで、色んな人が携わって関わっていく仕組みをどうつくるかが課題であり、取り組んでいきたいところです。
久保:限られた資源、資産を最大限活かした形で支援制度をつくることができるように、統計や実績といったデータをみながら、評価分析してよりよい企画を作り上げていく力を磨きたいと思っています。どうやって分析したらいいのか、どうやって修正をかけていけばいいのか、先輩たちに聞きながらまだまだ試行錯誤中。
自分が企画した飛騨市産後ケア訪問型無料券交付が3年後どうなっているのか、ちゃんと使われてるのか支援に繋げられているのかどうか、すごく怖いなっていう思いもあります。でもそういった気持ちも大事にして、現場に、データに真摯に向き合って市民の方に寄り添う本質的な支援制度をこれからもつくっていきたいと思います。
──持続可能な支援を行っていくために意識していることや、大切にしていることがあれば教えてください。
田村:関わる人みんなが“健やか”であることです。まず自分たちが健やかでないと良いサービスは出来ない。そして支援に関わるすべての方が健やかであることが持続可能な支援には必要だと思っています。
最初は好意で関わってくださったとしても、それに甘えてはいけない。無理させてしまっては続かない。続けていくには、お金もいるし人もいります。少しでも予算はつけられないか、対価は安すぎないか、そういったことも常に考えています。
久保:田村さんのこの考え方にわたしも救われた、支えられた一人です。
入庁したときはまだ子どもが1歳で、子育てとの両立も含めて、仕事でものすごくしんどくなった時期があったんです。そのときに田村さんが「一日休みな、有給取って自分の時間つくりな」って言ってくれて。
看護師のときの仕事は、自分の担当領域が明確でそれだけに集中すればよかった。だけど、支援や制度づくりには、明確な境界線やゴールはなくて。市民の方々のためにやれることって考えると無限にあるというか。そんななかで、自分の中で折り合いをつけていくのがなかなか難しく、自分を追い込んでしまっていたのを、すぐに田村さんが気づいてくれたんです。
「保健師はいっぱいいるんだけど、母親は一人なんだよ。」って言ってくださったのも忘れられない。職員ひとりひとりが健やかでいられるように向き合ってくださるのを日々感じています。
田村:本当は自分がしてほしかったことなのかも。それを周りや、わたしよりも年下のメンバーにしてあげたいのかもしれません。
久保さんは今もメインだけど、これから飛騨市の保健事業の中心になっていく人。久保さんたちが他のメンバーにも同じようなことが出来るようになれば、限られた人数でもこれからも健やかに業務に取り組めるはず。
子育て中の期間ってその人にとっても子どもにとってもかけがえのない時間。犠牲にする必要はない、両立していけばいいと思うんです。
だからこそ、全体を調整するのが大事。いまここに時間をかけるときじゃないよね、とか、いま踏ん張りどきだから頑張ろうとか、全体を見て掛け声をかけられる人がいると変わってくると思う。
自分を大事にできるからこそ、目の前の人を大事にできる。公務員にとって目の前にいる市民が主役。それを忘れずにいるためにも健やかであることはとっても大事なんだと思っています。
──今後の考えている具体的な施策などはありますか。
田村:来年度は、多胎妊婦さんの健診受診券の回数を増やしていけるように予算要求中です。多胎のお母さんたちって、通常よりも検診回数が多くなったり、一般的なケースよりも費用がかかりがち。そこへのフォローもしていけるようにと動いています。
久保:「いのちを守る」ということに直結する赤ちゃん防災にも引き続き力を入れたいと思っています。2020年から、赤ちゃんを守るために平時からの防災意識向上を目的として「赤ちゃん防災講座」を開催しています。
普段から備えられるママバックだったり、アウトドアでも使えるようなノウハウだったりを紹介してくれる講座で、毎年参加してくださる方もいらっしゃる一方、すべての家庭にはまだ届いていない。
いい企画づくりだけでなく、どうしたらより浸透させていけるかすべての家庭に届けていけるかは課題だなと感じています。どうしていけばいいか模索中です。
やりたいことはたくさんある、作れば作り出すほど面白いし、ついつい前のめりにんどん動いてしまうんですが、健やかで持続可能な支援を作り続けるべくバランスを取りながらこれからも向き合っていきたいと思います。
◆ お問い合わせ先
飛騨市役所 市民福祉部 保健センター
住所:〒509-4221飛騨市古川町若宮2丁目1-60 ハートピア古川内
電話:0577-73-2948
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