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トレンドマイクロの創業者として世界的な成功を収めたスティーブ・チャン氏。


現在は自らの財産と情熱を「社会課題の解決」に注ぎ、東洋思想とAIを融合させたウェルネスプログラム「My Relief」の普及に取り組んでいます。なぜアレルギーケアという未知の領域に挑み、それを完全無料で提供し続けるのか。

社会貢献を目指すNPOの成長を支援するミンイー財団を立ち上げた背景や、My Reliefに込めた思い、今後の目指す未来についてスティーブ氏に話を聞きました。

トレンドマイクロ創業者が語る「稼ぐことより大切なこと」


── トレンドマイクロ退任後、社会課題を解決するための活動をしようと思った原体験を教えてください。


私がトレンドマイクロのCEOを退任し、日々の業務から身を引く決意をしたのは、私が54歳のときのことでした。今からおよそ20年ほど前になります。


そんななかで、社会貢献への思いが強くなったのは、私のメンターでもあった一橋大学名誉教授の故・野中郁次郎先生でした。


それまでの私は、株主のため、会社のため、そして何より「お金を稼ぐ」ために全力を注いでいました。もちろん、それらはビジネスとして非常に重要なことですが、先生は「お金を稼ぐこと以外にも、別の道があるのではないか」と示唆してくださったのです。


「スティーブ、君はこの人生で何を創り出したいんだ?」


ある日、先生からこう問いかけられた時、自分の中で何かがハッと気づかされる感覚がありました。それ以来、ソーシャル・インパクト(社会的な影響力)を生み出すことの哲学について、あらためて深く考えるようになったのです。


また、もう一人の友人である心理学者からの言葉も心に刺さりました。彼は私に「右手で自分の名前を書いてみて」と言い、次に「左手でも書いてみて」と言いました。当然、左手ではまともに書けません。「君はこれまでお金を稼ぐ能力(右手)ばかりを発達させてきた。しかし、左手は全く使っていない。これからは、その左手(社会貢献)を使う時だよ」と彼が言ったのです。


こうした助言が契機となって、トレンドマイクロの退任を決めたわけですが、当時は会社が絶好調のときで周囲からは猛反対を受けました。実際に、退任直後は株価が2%ほど下がったものの、それでも私の決意は揺らぎませんでした。人生の残りの時間を、お金のためではなく、「社会にポジティブな影響を与えるために使いたい」という強い思いがあったので、信念を貫こうと考えたのです。

自身も重度の花粉症だった実体験から「My Relief」が生まれた


── 日本では2023年に「My Relief」をリリースしましたが、その背景にはどのようなきっかけがあったのでしょうか。


トレンドマイクロでは「ウイルスバスター」などのセキュリティソフトを通じて、インターネット上の脅威から人々を守ってきました。しかし、テクノロジーがどれほど進化しても、人々の体や心の悩みは尽きません。特にAI時代の到来により、社会の変化は加速し、人々はかつてないほどのストレスや不安にさらされています。


かつて野中先生と一緒にタイの貧困地域を訪れ、スモールビジネスの支援をしていた際も、「どうすればテクノロジーの恩恵を最も必要としている人々に届けられるか」を常に考えていました。


トレンドマイクロでは常に最先端のセキュリティを追求してきましたが、高度なテクノロジーと一般の人々の間には大きなギャップがあります。これは今起きているAIデバイド(AIを使いこなせる人とそうでない人の間に生じる格差)にも同じことが言えます。


私がMy Reliefをリリースしたきっかけは、最新テクノロジーの「AI」と古来の知恵である「東洋思想」を組み合わせることで、誰もが手軽に健康を手に入れられる仕組みを作りたかったからです。


特に2024年から日本で本格展開を始めたのは、日本が私にとって特別な場所だったからです。トレンドマイクロは日本で上場し、日本のお客様に支えられて大きな成長を遂げてきました。


もしソーシャル・インパクトに取り組むのであれば、日本に還元したい。

そうした思いが、このプロジェクトの出発点でした。


── 「アレルギーケア」に着目されたのは、どのような理由からでしょうか。


実は私自身、長年ひどい花粉症に悩まされてきました。

薬を飲めば眠くなり、飲まなければ仕事にならない。そんな日々の中で出会ったのが、特殊な技術で作られた図形パターンに触れるという、東洋医学の考え方を取り入れた新しいアプローチでした。


日本には花粉症に苦しむ方が約4000〜5000万人もいると言われています。これほど多くの人が毎年苦しんでいるにもかかわらず、その解決策の多くは薬による対症療法に留まっています。


My Reliefは薬を使用せず、副作用もなく、わずか4分程度で花粉症の症状を和らげることができるプログラムです。これを完全無料で提供することで、多くの人々の生活の質を向上させられると確信し、日本でのリリースに踏み切りました。My Reliefの運営は、私の私財や財団の支援によって成り立っており、ビジネスとしての収益を目的とはしていません。


何より大切なのは、一人でも多くの方が「救われた」と実感してくれること。


そのソーシャル・インパクトこそ、この取り組みの大きな意義だと捉えています。

東洋思想をAIで解き明かす。日本で推進していく研究活動


── My Reliefのサービスを提供していくなかで印象に残っているエピソードがあれば教えてください。


My Reliefのリリースから約2年で、約20万人の方に利用いただいていますが、正直に申し上げると、普及のスピードは私が当初予想していたよりもずっと難しいものでした。


プログラムを利用して「症状が軽くなった」「本当に助かった」と実感してくれる方はたくさんいます。しかし、日本の方々は非常に礼儀正しく、控えめな傾向があります。「自分が良かったからといって、他人に勧めるのはおこがましい」といった日本特有の文化的背景から、無料で提供しているサービスであっても、普及には想像以上に時間がかかっていますね。


ウイルスバスターを秋葉原で売っていた頃は、良いものは飛ぶように売れ、評判が広がっていきました。しかし、ウェルネスの世界では、実体験が非常に個人的なものであるため、なかなか「口コミ」で広がっていきません。


この状況を打破し、花粉症に悩む4000万人の潜在的な方々にどう届けていくかを考えるのが、私にとって大きな挑戦になりますし、やりがいを感じる部分です。


── 東洋思想によるアプローチの可能性についてどのように考えていますか?


東洋医学には、西洋医学の「数値」や「データ」だけでは説明しきれない「未知の領域」があります。特定の図形に触れる体験を通じて心身に変化を感じる方がいるように、人間の体には、まだ解明されていないメカニズムが数多く存在しているのです。


私はこの東洋医学の知恵を、AIという最新の科学で「解明」したいと考えています。例えば、特定のプログラムが細胞レベルやDNAレベルでどのような反応を引き起こしているのかをAIを用いて分析することで、これまで「経験則」とされてきた東洋医学に科学的な裏付けを与えることができるはずです。


幸いにも、日本にはDNAや細胞研究において世界トップクラスの研究機関があります。日本が誇る研究者たちと協力し、この新しいウェルネスの仕組みを科学的に裏付けることができれば、そこに大きな可能性があると信じています。


将来的には日本でアレルギーのリサーチセンターを設立したいと考えています。日本の優れた研究者の方々に資金提供を行い、東洋思想とAIを融合させた新しい手法のエビデンスやメカニズムを解明することで、大きなソーシャル・インパクトにつなげたいと思っています。


もし研究者の方で、好奇心と勇気があり、ご自身もアレルギーに悩んでいる方がいれば、ぜひ一緒に研究活動に取り組んでいきたいですね。

アレルギーケアから「エモーションケア」へ。AI時代のメンタルヘルスを解決したい

── 最後に、今後のロードマップや将来像についてお聞かせください。


短期的には年内にユーザー数50万人を目指していますが、あくまで通過点に過ぎません。50万人という数字は、全アレルギー患者のわずか1%に過ぎませんが、その1%の方々が確かな変化を感じれば、やがて大きなうねりになると信じています。


そして、今後はアレルギーケアの知見を「エモーションケア」へと応用することも見据えています。これは花粉症のような身体的な症状だけでなく、現代人が抱える「心の不安」のケアということになります。


AI時代が進むにつれ、多くの仕事が自動化され、人々のポジションが失われる恐怖や、変化についていけない不安が増大しています。


実際にエンジニアやサポート職の間でも、将来への不安からくるメンタルヘルスの悪化が深刻な問題となっています。そうした精神的な課題に対しても、My Reliefと同じ手法を用いて人々の不安を和らげ、ぐっすり眠れるようにサポートすること。そして、変化の激しいAI時代に、心と感情に安らぎを届けていく。


日本のみなさんが、薬や不安に縛られず、健やかな毎日を送れるサポートができるように、これからも尽力していきたいですね。


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