岩手県南部に位置する一関市東山町。国の名勝に指定され、日本百景の一つにも数えられる猊鼻渓(げいびけい)は、県内有数の景勝地として知られています。
猊鼻渓は、北上川の支流「砂鉄川」沿いにある渓谷で、壮大な景観が人気の観光スポットです。
長年にわたり岩手県内の地名を調べている宍戸敦さんは、猊鼻渓の名前の由来について次のように説明します。
宍戸敦さん
「猊鼻渓の『猊』は獅子、つまりライオンの意味。『鼻』は鼻、『渓』は渓谷。猊鼻渓の奥にある岩が、ライオンの鼻の形に似ていることから、『獅子ヶ鼻』と呼ばれていた。私個人としては、当時の『獅子』はライオンというより、獅子頭や獅子舞の獅子、獅子頭の鼻に似た岩『獅子ヶ鼻』と名付けられたと考える。時代が進む中で、その渓谷一帯を新たな名称として猊鼻渓と名付けた」
現在では多くの観光客が訪れる猊鼻渓ですが、明治時代までは地元でも知る人が少ない場所だったといわれています。
その背景について、げいび観光センターの鈴木眞さんは、江戸時代の地域事情をこう語ります。
げいび観光センター 鈴木眞さん
「この辺りは東山四十七か村と呼ばれ、三十六か村が仙台藩、十一か村が一関藩に属していて藩の役人が頻繁に往来する地域だった。“良い景勝地”として書いてしまうと行ってみようとなって接待で村の出費が大変になるので、(それを避けるため、あえて)渓谷を風土記や絵図に書けなかった」
猊鼻渓が広く知られるようになったきっかけについて、鈴木さんによると「明治時代、周辺地域の有力な家系だった佐藤家が、渓谷の素晴らしさを広め始めた。その遺志を継いだのが長男の佐藤猊巌(げいがん)で、有名になる礎を作った」といいます。
佐藤猊巌は、現在の一関市東山町長坂にあたる長坂村の村長を務めていました。本名は佐藤衡(こう)。
全国の芸術家や学者に猊鼻渓を紹介するなど、知名度向上に尽力しました。
また、地元の人々とともにこの渓谷を「猊鼻渓」と名付け、その「猊」の字を取り、自らの号を「猊巌」としました。
猊鼻渓の名物といえば、四季折々の景色を楽しめる舟下りです。
船は渓谷奥へと進み、名称の由来となった「獅子ヶ鼻」を目指します。
猊鼻渓舟下り船頭 菅原明さん
「船着き場から散策し奥の方に行くと“獅子ヶ鼻”があります」
船下り折り返し地点の船着き場にある散策道を進むと、”大猊鼻岩(だいげいびがん)”という高さ約124m、横幅100mを超える岩壁が姿を現します。
確かにその姿は、獅子頭の鼻に見えます。
猊鼻渓の舟下りでは、船頭が歌う「げいび追分」も名物の一つです。その歌詞の中にも、「獅子ヶ鼻」という言葉が登場します。
「獅子ヶ鼻」から名付けられたと伝わる猊鼻渓の絶景は、今も多くの人々に親しまれています。