東日本大震災から11日で15年。
今週、ライブBBTでは復興を願う富山ゆかりの人の「思い」をお伝えしています。
「被災地を笑顔に」。10日は福島県で暮らす富山県氷見市出身の医師です。
福島県いわき市。海岸から10キロほど離れた場所にあるのが常磐病院です。
アロハシャツがトレードマークの新村浩明さん、58歳。この病院の院長です。
*常磐病院 新村浩明院長
「どうですか具合は」
*患者
「最高です」
「地域を笑顔に」
あの日から15年、自分にできることを続けてきました。
*常磐病院 新村浩明院長
「ごめんください!ごめんください」
そのひとつが「仮装」です。
水戸黄門など時代劇の登場人物に扮して高齢者施設や患者の自宅を訪問してきました。
12年前から始め、今でも2カ月に1回ほどのペースで続けています。
*常磐病院 新村浩明院長
「白衣なんかで行くと患者さんがかしこまってしまう。仮装でみなさんが元気になる感触があった。すごいいい笑顔してくださるので、仮装にハマった」
氷見市出身の新村さん。富山大学を卒業した後、2005年からいわき市で働いています。
15年前のあの日。いわき市では震度6弱を観測。
津波が押し寄せ468人が犠牲になりました。
この影響で断水が発生し、およそ700人の透析患者を県外に避難させざるを得なく なりました。
*常磐病院 新村浩明院長
「15年前に透析患者さんを移送した際、拠点になったスタート地点。大型バスにたくさん集まってもらった。20台近く」
*DMAT隊員 看護師 大垣竜一郎さん
「35台ですよ」
*常磐病院 新村浩明院長
「35台も!?」
*常磐病院 新村浩明院長
「透析患者は透析をしないと命に関わる。情報のない中、時間のない中でとにかく力を合わせて患者の大量輸送を成し遂げたが、今であればもっとしっかり準備して当時のような苦労はしなかったと思う」
災害の教訓をいかそうと、2023年、病院に災害派遣医療チームを設けました。
チームのひとり、看護師の大垣竜一郎さんです。
*DMAT隊員 看護師 大垣竜一郎さん
「このように車内でスライドできるものを設置した。そうすると反対側からの患者へのアプローチや処置が可能になる」
おととしの能登半島地震でも患者の支援にあたりました。
緊急時にすぐに出動できるよう日頃から訓練を行っています。
*常磐病院 新村浩明院長
「東日本大震災を経験して1番心に大きく残ったのが、日頃の準備が非常に大切だということ。実はいわき市はもともと災害が少ない街だとずっと言われていた。水害もない、地震もない。僕ら医療者もめったなことは起きないだろうと仕事していた。東日本大震災で色々皆さんから支援してもらって今がある。今度は恩返しする番」
新村さん、4年前から始めたことがあります。
「ちょんまげ院長のFUNK LOVE」
ラジオパーソナリティです。
週に1回番組を担当しています。
*常磐病院 新村浩明院長
「僕自身県外からいわきに来た人間。いわきの魅力はまだまだいわき市の人にも伝わっていない。日本全国の人にも伝わっていないと思う」
*常磐病院 新村浩明院長
「いわき市は原発事故や震災で少し元気がなくなった。楽しい人生を送れるというメッセージを送り続けたい」
地震、津波、そして原発事故があった福島県。
新村さんは体の続く限り、震災の教訓を全国に発信したいとしています。
*常磐病院 新村浩明院長
「震災を経験して僕らは非常に強くなった。精神的にも、防災の取り組みもずいぶん進んだ。しかし次の世代を考えると、15年経つと今一緒に働いている去年入った新人は東日本大震災の記憶がない人もいる。そういう人たちに防災の意識繋げていく語り部として、僕らは忘れてはいけないと思うので、歴史的な大震災を繋げていく活動はこれからも必要」