岩手県大船渡市の山林火災から2026年2月26日で1年、今も多くの人が仮設住宅での生活を余儀なくされています。
失った自宅をどこに再建するか、葛藤しながら決断を下した住民の思いを取材しました。
大船渡市三陸町綾里のスーパーで食料品の買い物をするのは、泉惠さん(46)です。
現在(2026年2月26日時点)、家族4人で仮設住宅に暮らす泉さんは1年前の出来事をこう振り返ります。
泉惠さん
「燃えてしまった山の様子を見ると、本当にあの日の出来事はすごく悲しく、色々な思いを抱かせる出来事」
火災の前、泉さんは40年以上前に両親が建てた綾里・石浜地区の家をリフォームし、夫や長男・長女と共に穏やかに暮らしていました。
FNN取材団 高橋咲良アナウンサー(ヘリによる上空からのリポート2025年2月)
「白い煙の間から赤い炎が見えます。今まさに山肌を焼いてしまっています」
2026年2月26日、大船渡市で大規模な山林火災が発生し、火の手は泉さんの自宅にも及びました。
避難指示の解除後、12日ぶりに戻った家族が目にしたのは、ほとんど跡形もなく焼け落ちた我が家の姿でした。
泉惠さん(2025年3月)
「最初に来た時に、何か残っているのではないかと必死で探した。この様子を見て、とても探せないなと思って。できれば、これまでと同じように自然に囲まれたこの場所で、家族みんなで肩を寄せ合いながら暮らしたいというのが、一つの夢です」
火災の後は3カ月間、避難所生活を余儀なくされました。
そうしたなかで、家族の希望となったのは子どもたちの成長でした。
長女の佳澄さんは2025年4月に中学校に入学しました。
購入していた制服は火災で焼けてしまいましたが、市内の衣料品店が無償で提供してくれました。
長女 泉佳澄さん
「新しい勉強や部活が始まるので、そこに力を入れて頑張っていきたい」
小学4年の長男・実輝さんは、火災をきっかけに“後悔のないように生きたい”と考え、喘息で諦めていた野球を始めました。
市内に仮設住宅が整備されたのは2025年5月、泉さん一家もようやく家族だけの「居場所」を取り戻しました。
ただ、間取りは3Kで決して広いとは言えません。
泉惠さん
「もっと自由に、のびのび過ごせる空間ならありがたかったなと思う時もある。その反面、避難所での生活を考えると、本当に仮設住宅での家族での過ごす時間のありがたさも感じられる」
山林火災の発生から1年、被災した地域の風景は少しずつ変化しています。
泉惠さん
「ここは、私たちが以前住んでいた自宅があった場所。このようにさら地の状態になった」
泉さんが生まれ育った自宅があった場所は、2025年9月、公費による解体が終わりさら地となっていました。
泉惠さん
「子どもたちと、この家で過ごした思い出を仮設でも話すことがある。その時はやっぱり悲しさよりも楽しかった思い出をみんなで思い出して、笑いながら語り合えているので」
泉さん一家は、当初ここで自宅を再建するつもりでした。
しかし火災で森林が焼け、周辺では土砂崩れがみられるなど安全性が低下していると考えたことから、苦渋の決断をしました。
別の土地で自宅を再建することにしたのです。
泉惠さん
「こちら向きで家が建つ予定なので、そのあたりが玄関になる。ちょうど真ん中あたり」
新たな生活の拠点に選んだのは、元の自宅から約7km離れた大船渡市の蛸ノ浦地区です。2025年亡くなった叔父から譲り受けた土地です。
泉惠さん
「常に元の場所への思いが強くあって、こちらの場所への再建を考えてからも本当に毎日心が揺れ動く日々を過ごしたし、ここに建てる決断をするまでに相当な時間がかかった」
再建場所に頭を悩ませているのは、泉さん一家だけではありません。
市が2025年9月から10月に、自宅が全焼するなどした60世帯を対象に行った意向調査では「被災前と同じ場所で自宅を再建する」と答えたのは17世帯で、全体の28.3%にとどまりました。
違う場所で再建すると答えたのは26.7%で、そのうちの多くは元の土地が「土砂災害警戒区域」にあたるため移転を決めたケースだということです。
泉さん一家は2025年12月から住宅メーカーと打ち合わせを重ねていて、新居は2026年秋ごろ完成予定です。
しかし難題はほかにもあります。「建築費の高騰」です。
公的な支援金や全国からの義援金などが入ったとはいえ、自己負担の金額は決して小さくありません。
泉惠さん
「物価高で本当に日常生活も大変なこの時期に、家を建てなくちゃいけないという大きな不安もあり、実際想像する以上に費用がかかることに驚いている」
悩みは尽きません。
それでも2月27日は新居の「地鎮祭」です。
元の暮らしを取り戻すため、歩みを進めています。
泉惠さん
「本当に家族の心のよりどころになる、あったかい場所になればいいと思う」
山林火災から1年、ふるさとを愛する思いは変わらないと語る泉さんは、一日も早く町全体が復興してほしいと強く願いながら今を生きていきます。
泉惠さん
「まだまだこの火災の爪痕というのは消えないでしょうが、少しずつ私も含め皆さんが日常生活を前のように取り戻して、まち並みも少しずつ変わっていってほしいし、何より心の復興を本当にできるような、そんな日々が一日も早く訪れることを願っています」