今回は能登町にある『ケロンの小さな村』を訪ねました。
石川テレビでは10年以上前から、能登の自然を楽しめるとして子どもたちに人気のこの場所を追い続けてきました。能登人を訪ねてでも、地震からの復興の歩みを以前お伝えしましたが、今回、約1年ぶりに訪れてみると…新たな「家族」や「仲間」が増えていました。
(稲垣)「久しぶりのケロンですけれども雪がすごいですね…あっ!」
(古矢拓夢さん)「お久しぶりです!わざわざ雪の中、ありがとうございます」
ケロンの小さな村2代目村長の古矢拓夢(ふるやたくむ)さん、26歳。
金沢市出身の古矢さんは2023年に東京から能登に移住。能登半島地震後、祖父で前村長の上乗秀雄(じょうのりひでお)さんが作り上げた子供たちの楽園を二人三脚で復旧していく様子を私たちは見つめ続けていました。
(上乗さん)「これからのことは拓夢に一任してやっていく。そんな気持ちでいます」(稲垣)「託されましたね」
(古矢拓夢さん)「託されましたね…でも覚悟を持っていたので、お任せ下さいというか、何とかこの場所を良い場所にしていきたいという感じですね」
(稲垣)「雪景色も素敵だなと思いました」「この一年間もケロンは色々と変わったりしていたんですか?」
(古矢拓夢さん)「ケロンとしてもおじいちゃんと一緒に、色んな新しいものを作ってという、すごく激動の一年でしたね」
スノーシューをはいて、雪のケロン村を散策してみることに。
(古矢拓夢さん)「今年はまだ降っていない方です、もっと積もるので…」
(稲垣)「えー!」
(古矢拓夢さん)「今年は寒波と言われている割にはケロンとしてはそんなに積もっていないなという感じで…」
(稲垣)「なんと」
(古矢拓夢さん)「何か見えてきましたね」
(稲垣)「これは前なかったんじゃないですか?」
(古矢拓夢さん)「なかったですね、それこそ前の取材から半年ぐらい後にオープンしたケロンのキャンプ場『星空ビレッジ』という名前になっています」
こちらは夏の星空ビレッジ。訪れた人々がバーべキューをして楽しみました。
去年も一年、多くのボランティアの協力を得てケロンの小さな村は進化してきました。
前に進んだのは、村だけではなく…
(稲垣)「あれ?ちょっと待って下さい」「上乗さんはお久しぶりですなんですけど、お隣の方はどなたですか?」
(ゆきのさん)「始めまして」
(古矢拓夢さん)「恥ずかしいんですけど、僕のパートナーというか…」
(稲垣)「あらそうなんですか!」
川又由妃乃(かわまたゆきの)さん、愛媛県出身。
古矢さんが東京で働いている頃に付き合い始め、去年5月に能登に移住しました。
(稲垣)「(古矢さんに『能登に行く』と)言われた時はどんな気持ちでしたか?」(川又由紀乃さん)「何かビックリして何も言えなかったです。でもすごく真剣に語ってくれるので、このケロンのこととかおじいちゃんのこととか…だから真摯に受け止めて『わかった』って…」
(上乗秀雄さん)「うれしいね」
(稲垣)「これまた一歩進んでいる感じがしてとても嬉しいですよね」
(上乗秀雄さん)「ものすごく進んでる。能登にとって若い人に来てもらえるというのは…特に孫の大好きな人ですから、大歓迎なんです」
心強いパートナーを得た古矢さん。もう一つ去年から始めたことがあります。
(古矢拓夢さん)「『若衆の会』という会を、新しく去年の3月に立ち上げというか企画をして…能登の『若衆』というぐらいなので、若い世代がチャレンジしやすい、チャレンジをちゃんと皆で応援出来るような人間関係を作りたいなと思って…」
この日の夜。珠洲市の施設に若者達が集まっていました。
(古矢拓夢さん)「新年1発目の若衆の会なので、気負わず、楽しみながらやりましょうということで…何も思い浮かばないので、乾杯!」
「能登若衆の会」。古矢さんが去年3月に立ち上げた親睦会です。
会員は、県の内外合わせて現在102人、平均年齢はおよそ25歳。
みんな出身も、仕事もバラバラです。
(清水栞夏さん)「インターンを能登復興ラボでさせてもらって、そのまま移住するために今お家を探しているところです」
(山本浩毅さん)「輪島で炊き出しをしていたところに単身で来ました。その後能登の魅力にズッポリと浸かってしまって…(大学に)1回復学してから2度目の休学という形で今ここにいます」
(赤沼浩由さん)「年齢25歳になりました、1月で。ありがとうございます!」「若者が能登にいなくて孤独死しそうだったので…若衆の会に参加させて頂いたのがきっかけですね」
(古矢拓夢さん)「僕自身、去年1年間震災後に活動をしていて、同世代と会えなくて…復興会議とか復旧会議って色々なところで行われていたんですけど、そこに参加している20代ってほぼゼロなんです」「これからの街づくりの話をしているところに20代がいないってことは…そこに危機感をすごく感じて、『これは20代も声を上げなければ』となったのが(設立のきっかけで)一番大きいですね」
親睦を深めることはもちろん、オブザーバーを務める浅野副知事を始め、
会に参加する大人たちへも自分たちが思い描く能登の未来について意見を伝えてきました。
若衆の会は、今回でちょうど20回目。
親睦会で出される飲み物や食べ物の一部は、現在地元で街づくりの先頭に立つ先輩たちが無償で提供してくれています。
皆、古矢さん達の活動に共鳴し、期待しているからです。
(農事組合法人のとっこ 上野朋子副代表)「能登を思ってくれている若者がたくさんいるのにまず驚いて、また定期的に何回も開催して集まって話し合ってくれているなんてただただ感謝しかないというか、応援したい気持ちでいっぱいで…」
(数馬酒造 数馬嘉一郎社長)「純粋にとてもいいアクションやなと思いましたし、出来るだけ応援したいなという気持ちが芽生えました」「若い人たちの感性でやってほしいというのが一番ありますし、あと古矢君にもお伝えしましたけど、何か先輩に恩返ししたいということを彼は言うんですが、我々ではなく『次の世代』に返して頂きたいと伝えています」
(古矢拓夢さん)「あえて言うと、皆ポジティブな力しかないんですよね。結果僕もポジティブな力を頂いているのでそういう意味では本当に立ち上げて良かったなと今すごく思います」
(稲垣)「これから皆のパワーとつながりの力で、この若衆の会と能登をどう創って行きたいと思っていますか?」
(古矢拓夢さん)「『チャレンジが生まれる場』だけじゃなくて、『チャレンジを応援できる場』というのが僕はすごく大事だと思っていて、少しずつお互いを応援し合って、能登としてもっともっと楽しい場に…若い人や色んな人がチャレンジ出来る、それを応援できるような場所になっていけば嬉しいなと思います」
(稲垣)「可能性ある未来に向けて、またこれからもちょいちょいお邪魔したいと思いますので、今後も宜しくお願いします」
(古矢拓夢さん)「これからは若衆の会の被害者という事で、いつでも来てください」(稲垣)「ありがとうございます!」