体育館に響く歓声と音楽。2本の縄が描く軌跡の中で、高校生たちが躍動する。長野県松本市の松本深志高校の文化祭。この日を最後に3年生は引退し、新チームへとバトンが渡された。それから半月後、一人の男が練習場に現れた。「やっぱりダブルダッチ楽しんでほしいなっていう事が一個大きくあって」。彼の名は黒岩基(はじめ)。かつてこのチームで世界2位に輝き、今も世界の舞台で活躍するプロプレーヤー。母校の非常勤講師として顧問に就任した彼が、後輩たちに伝えたかったこととは。
7年ぶりの帰還 世界を知る男の眼差し
練習場に現れたHAJIME(ダッチャーネーム)は、後輩たちに静かに語りかけた。
「技術的なものをもっと身に付けて、もっと自由に表現できたらもっと楽しいんじゃないかな」。
卒業してから7年。HAJIMEは、松本深志高校ダブルダッチ部「ジョーカー」のOBとして、プロプレーヤーとしての経験を携えて戻ってきた。
彼はプロチーム「HARIBOW(ハリボー)」の立ち上げメンバーの一人として、世界を股にかけて活躍してきた。昨年の世界大会でも上位に入賞するなど、その実力は折り紙付きだ。
「おじいちゃんになって孫ができた時とかに『おじいちゃんやってたんだよ』って孫に言った時に、『かっこいいじゃん』って言われる競技にしたいなと思って」
HAJIMEの言葉には、ダブルダッチへの深い愛情がにじんでいる。最近では若手育成にも力を入れ、競技の普及と教育に情熱を注いでいる。
部員の前羽さんは「自分たちじゃ分からない部分を言語化してくださって本当に助かる。本当に尊敬しています」と話す。
現役生徒にとって、HAJIMEは憧れそのものだ。
「深志らしさ」を探す旅
練習を見守るHAJIMEの目に、あるものが映った。それは、チームとしての「核」の不在。
「これはJOKERとして受け継いでいきましょうっていうものが今存在していないから、それをまずドンと作って、それさえ受け継いでいけば、あとはその代ごとの自由度、代ごとのらしさに任せちゃうみたいな感じも全然いいかなっていう感じ」
HAJIMEは、あえてすべての答えを伝えなかった。深志らしさとは何か。それを生徒たち自身に考えさせるためだ。
「深志高校ジョーカーのいいところはやっぱり校風も自治っていうのを掲げていて、やっぱり自分たちで自分たちらしくやるっていうところも残さないと、やっぱりジョーカーの良さっていうのも消えちゃうかなと思うので」
ジョーカーの1・2年生は全26人。ほとんどが高校からダブルダッチを始めた初心者だ。
「みんなが戦うレベルの人たちでも5、6年とかやってるわけじゃない。そこをどう効率化して、どうスピードを上げて上手くなっていくかっていうところがポイントだから」とHAJIMEは語る。
新チームが挑むのは、ダブルダッチ甲子園「ITADAKI」。6チームに分かれてパフォーマンス部門に出場する大舞台だ。

本番9日前、それぞれの挑戦
2年生ガールズチーム「テトラポッド」は、難易度の高い技に挑んでいた。縄を回すターナーとジャンパー2人が一緒に回転するという技だ。
「難しいです。やっぱ動く分、縄ってずれちゃうんで。こういうズレが起こるんで、円が流れちゃうんですよ。どうしても。できたら結構いいんじゃないですかね。このネタは」と、HAJIMEは話す。
三好さんは「難しいけどこれ行けたら結構アツイからこれはやるしかないなと思います」と意気込んだ。
1年生チーム「FKS(フカシ)ホグワーツ」は、人気映画をイメージしたパフォーマンスで挑む。
「もちろん技の完成度も上げていきたいけど、楽しんで思い出になるように頑張っていきたいと思います」と語りつつも、「まぁ1位ですかね。1位です」と自信ものぞかせた。
しかし、本番9日前、テトラポッドに転機が訪れる。練習していた回転技は「ちょっとミスが多くなってしまって、そこでミスしてしまうと次の”スピード”っていう大技が出来上がってしまうので、一人でやることにしました」。
リスクカットの決断だった。
「ノーミス、ミスなく通したいです」という言葉に、チームの覚悟が表れていた。
HAJIMEは全てのチームに釘を刺す。
「パフォーマンスを見たなっていう基準が2か3ぐらいなんで、5ミスしてるとミスのチームになっちゃう。少なくとも2・3くらいは目指して頑張ってください」

川崎の舞台で高校生たちが魅せたもの
大会当日。川崎市の会場に到着した松本深志JOKERのメンバーたち。
まずは競技を始めて1年未満のチームが競うステップアップ部門だ。
フカシホグワーツの出番。前半はミスが目立った。
「切り替えてこう!」とHAJIMEが声を飛ばす。
「航大がんばれ!」。
しかし、後半、チームは立て直した。次々と大技を成功させていく。
「本番でもミスしてしまったんですけど、ちゃんと楽しめたのは本当によかったと思います」。
結果は7チーム中2位。上々のスタートを切った。

「ガールズパワーで楽しませます」2年生チーム笑顔の演技
続いて、全国の強豪21チームが争うオープン部門。
2年生のテトラポッドが登場する。
「ガールズパワーで楽しませます。」と三好さん。
修正した回転技は見事成功し、スピードと呼ばれる大技へと繋いでいく。「いいよ!」とHAJIMEの声が響いた。
ミスはあったものの、笑顔を絶やさず観客の心をつかんでいくテトラポッド。
「精一杯楽しみました」と語ったものの、結果、テトラポッドは14位。思うような結果ではなかった。
しかし、その姿は、ゲスト審査員のパンサー尾形の心を動かした。「笑顔にやられたね」。テトラポッドはサンキュー賞を受賞した。

風化する気持ちを、書き残すこと
大会を終えた後、HAJIMEは後輩たちに課題を与えた。
「初めての大会で、ほかの県との差を感じたと思うが、その気持ちを書き残しておいた方がいい。やっぱり気持ちは風化するので。今日こう思ってても、明日、明後日、来週、1ヶ月後になったらわりと何も覚えてないです。そんな中で、今後の目標を立ててほしい」
世界を知る男の言葉が、生徒たちの胸に突き刺さった。全国の強豪が集った大会で、松本深志JOKERの6チームは今できる精一杯の演技を楽しんだ。
究極のチームスポーツ、ダブルダッチ。その華麗なパフォーマンスの裏側には、高校生たちの固く結ばれた絆があった。

ダブルダッチ文化を松本に根付かせる HAJIMEの挑戦
大会から1ヶ月後、HAJIMEは高校とは別の場所で指導していた。松本市内で県内初のダブルダッチスクールを始めたのだ。
「どれだけ多くの人に2本の縄に入っていただけるか。やっぱ一人一人に向き合って、ダブルダッチの楽しさを伝えていくっていうことが、将来的な大きな普及につながると信じているので、引き続き頑張って行きたいと思ってます」
スクールの生徒たちは笑顔で跳ぶ。
「ダブルダッチ楽しい」。
HAJIMEの夢は、少しずつ形になり始めている。ダブルダッチ文化を根付かせ、その輪を広げていく。世界を知る男の挑戦はまだ途中だ。
その歩みは止まらない。
※この記事は2026年1月26日にNBS長野放送でOAした「フォーカス信州 信州STREET BEAT ~密着!アーバンスポーツの若き才能たち」をもとに構成した内容です。
