就職が困難な障害を持つ人に仕事の場を提供する「就労継続支援B型事業所」。そこで今、持ち上がっているのが、利用者の「工賃向上」と「支援」という相反する課題だ。

B型事業所の主な収入は、国からの給付金である。しかし厚生労働省が導入した新制度により、利用者の工賃を上げなければ事業所自体の運営が成り立たないおそれが出てきた。とはいえ、B型事業所には働ける利用者ばかりがいるわけではない。

大切なのは“お金”なのか、それとも“生きがい”なのか。

静岡県沼津市にあるB型事業所「プラザティンクル」もまた、こうした課題に揺れていた。重度の障害を抱える息子のために施設を立ち上げた理事長と、その後を継いだ長男。施設の方針をめぐり、二代目の長男がたどり着いた「B型事業所」の意義とは。


前半では、利用者の工賃をめぐるB型事業所の現実を追う。

【後編】制度変更による収入減で運営危機も… 障害者支援施設が追うべきは“お金”か“やりがい”か

制度変更で給付金減も。障害者が働く場「B型事業所」の新たな課題

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静岡県沼津市駅前の商業ビル。その6階と9階に「プラザティンクル(以下、ティンクル)」という福祉施設がある。

ティンクルは、企業などで働くことができない障害者に働く場を提供する「就労継続支援B型事業所」だ。

駅前という立地を選んだのは、利用者にとって通いやすく、誰もが気軽に立ち寄れるようにという理由から。ただし、月50万円の家賃は決して楽な額ではない。

ティンクルの利用者は、現在37人。年齢層は、18歳から66歳と幅広い。障害の区分も程度もさまざまだ。

彼らの仕事は、例えば目が見えない人のための点字名刺。一枚一枚、丹精込めて作っているが、売り上げは1枚10円。時給にすると、わずか200円。これが現実だ。

B型事業所では、最低賃金は保証されていない。利用者の平均工賃は、月に1万7119円。全国平均の1万5603円をわずかに上回る程度だ。彼らにとって、豊かさとは何だろうか。

ティンクル施設長の後藤譲治さんは、この価格を課題だと考えている。

「衝撃的な価格ですよね。僕は言い慣れてしまったから『そういうもんだな』っていう気持ちもありますが、実際には明らかに課題なんです」

ティンクルは2000年、理事長の後藤恵美子さんが視覚障害を持つ子の保護者と一緒に立ち上げた施設だ。

恵美子さんの次男・慶太さんは、目が見えず、知的障害と身体障害を持って生まれた。彼のように重い障害を持つ子どもたちの居場所を作ってあげたい。それが、ティンクルを立ち上げた動機だ。

「社会でやるべきことをやって、そして元気よく家に『ただいま』と帰ってくる。そういう生活そのものが、障害を持つ方々やご家族にとってはとても大切なものなんです」(恵美子さん)

後藤家は、5人家族。夫は歯科医で、その影響もあってか長女は現在、医学生だ。ずっと慶太さんに寄り添ってきた長男の譲治さんは、31歳のときにティンクルの施設長となった。

譲治さんは、ティンクルに関わるようになった理由のひとつに、幼いころからの違和感を挙げる。

「昔から、ファミレスなどで周囲に珍しい目で見られるといった経験がありました。そういうとき、幼いながらに思うところがあったんですよね」

2018年4月、厚生労働省は工賃が高いほど障害者の自立した生活につながるとして、利用者に支払う工賃の平均額に応じて、国からの給付金が変動する仕組みを導入した。

それまで、給付金の額は利用者や職員の人数に応じて決まっていた。しかし、障害者の稼ぎも評価されるようになったのだ。全施設のおよそ6割が、この制度変更により給付金の減額を余儀なくされたという。

ティンクルも、いつ減収に転じてもおかしくない状況だ。利用者への支援を目的としながら、施設の維持を目指すならば売り上げにも配慮しなければならないのだ。

「私たちの事業は、国の制度に乗っていかなければ立ち行かない事業です。ですから、国の考えを注視しながら、自分たちがどこへ導くのかを考えなければならない。これは常にある課題なんです」(恵美子さん)

大切なのは、お金なのか、それとも生きがいなのか。

「働く能力の高くない障害者が置き去りにされてしまうんじゃないか」

今、全国のどのB型事業所も企業に自社製品を売り込もうと必死だ。畳の縁を使ったカバン、藍染、クッキーなど、各事業所の商品を売り込むためのビジネスマッチングイベントも開かれている。

売り上げを伸ばしたい。しかし、伸ばせない現実もある。たとえ企業から大量の発注が受けられても、利用者の体力を加味すると、短納期での納品は難しいからだ。

社会福祉法人「藍」理事長の大野圭介さんは、「利用者の工賃を上げるのは、我々の義務だとは思う」としつつ、制度変更を危ぶんでもいる。

「利用者の工賃によって補助金を決めるというのは、乱暴ですよね。働ける障害者を集めなさいと言っているようでしょう? 働く能力の高くない障害者が置き去りにされてしまうんじゃないかなと危惧しています」

ティンクルもまた、唯一の自社製品である点字名刺の売り込みに力を入れていた。

施設長の後藤譲治さんは、自らを福祉営業マンと位置づけている。あごひげと青いスーツがトレードマーク。この日に向かったのは、ある不動産会社だ。

譲治さんが点字でメッセージを入れた名刺の説明をすると、担当者が「不動産業の僕らが、障害を持たれている方と、どういうつながりがあるかですよね」と一言。譲治さんは、「障害者施設に依頼しているという取り組みを、自分たちがいい会社だというPRとして活用していただければ」と、CSRとしての側面をアピールする。

工賃を増やしたい。障害者も働けることを知ってほしい。

「今、福祉は働ける人はどんどん働けるようにしていこうという動向にあるのは事実なんです。個人の意思とは別にして……」(譲治さん)

わさび栽培の管理、オートバイの洗浄……。譲治さんはこれまで、利用者のためにいくつもの仕事を見つけてきた。しかしすべて長続きしなかった。体にこたえる仕事が多く、ティンクルの利用者には難しかったのだ。

設備投資により高額工賃を実現したB型事業所「AlonAlon」

千葉県富津市に、全国から注目を集めるB型事業所がある。値崩れしにくい胡蝶蘭を栽培している「AlonAlon」だ。利用者は、わずか8人。だが、一人当たりの工賃は最大10万円というから驚きだ。

モットーは、「誰もがやりがいを持てるように」。胡蝶蘭の苗を育て、出荷するまでを60個の工程に分け、利用者の適性を見極めながら仕事を割り振っている。

NPO法人AlonAlon理事長の那部智史さんは、業界について「ビジネス感覚が足りない」と指摘する。

「ビジネスとして成り立っておらず、国からの助成金頼みになっている」

だから、工賃が伸びないというのだ。

那部さんもまた、障害者の子どもを持った親の一人だ。知的障害の息子を持ち、はじめて障害者の経済的な環境の悪さに気付いたという。

それを解決するために発案したのが、前述したビジネスモデルだ。

「息子をずっと見てきましたので、時間をかけてしっかりと教えれば、できないってことはないという楽観的な感覚がありました」(那部さん)

最高級の蘭を届けるため、自己資金を投じて最新の制御システムも導入した。工賃を上げるために必要なのが、作業場への設備投資だと考えたからだ。

「テーブル一つで手作業をやっているB型事業所と、我々のように6000万円かけてお花を作っているB型作業所では、工賃が同じであるわけがないんです。B型作業所が作業場にしっかり投資ができるような制度設計をしていかないと、工賃は絶対上がらないと思います」

大きな事業に挑戦するには、設備投資が必要だ。一方、今のティンクルには、その余裕はない。となれば、下請け作業をとにかく受けるしか道はない。

そう考えた譲治さんは、豆を袋詰めする仕事を引き受けた。一袋15円だが、この仕事ならできる利用者もいる。

さらに、チラシの袋入れ、ダイレクトメールの発送と、仕事はとんどん増えていく。その結果、本来は利用者だけが行うべき作業に、職員が手を貸さざるを得ない場面も増えていった。

主任の菅原和代さんは、「これも明日、あれも明日、すべて明日が締め切り。教えていると時間がなくてね…」とぼやく。

納期を守らなければ信頼を失い、仕事も失ってしまう。しかし、焦りは思わぬアクシデントを招く。手伝うはずの職員たちが、あちこちでつい手を滑らせて、体と体をぶつけて、せっかく袋詰めした豆をこぼしてしまったのだ。

理事長、施設長含めて、職員はわずか6人。

受注を増やし続けた結果、職員たちは限界を迎えつつあった。

下請け業務の難しい障害者に活躍の場を提供する「ふぉれすと」

ティンクルの理事長、後藤恵美子さんは、施設長の座を長男・譲治さんに譲った後、沼津市内に一軒家を借りて飲食事業を始めた。施設の名は「ふぉれすと」。

障害が重く仕事がなかなかできない人、長続きしない人に、やすらぎを感じながら、料理を通してやりがいを見つけてほしい。恵美子さんはそう願い、ふぉれすとを立ち上げた。

恵美子さんと栄養士の2人だけでも、営業できないわけではない。しかし恵美子さんは、どんな形であれ利用者が関われるようにすることが大切だと考えていた。

利用者一人ひとり、どうすればできるようになるのかは異なる。それぞれの違いを考え、工夫して補助を行っている。

「一緒に仕事をしていると、いわゆる下請け作業では出番がない人でも、こうした暮らしの延長のお仕事ではたくさん能力を発揮できる場面があると気づくんです」(恵美子さん)

22歳の彼は、弁当の盛り付けをしているうち、だんだんとその腕が上達していった。すると最近、彼の母親から嬉しい知らせが届いた。

「保健所で5年に1回の障害認定の調査をしたら、IQが上がっていたっていうんです」(恵美子さん)

母親は、ふぉれすとの仕事のおかげではないかと話していたそうだ。

恵美子さんは、飲食業のいいところは小さな達成感がつながっていくことだと話す。

「飲食業は、利用者さんがいろんな仕事に関われるんです。シフォンケーキづくりひとつでも、切ったものを袋に入れたり、焼くときに使った型を洗ったり。終わったら、目で見て『できた』ってわかる」

ふぉれすとでは弁当や焼きそばを作り、市役所などで販売している。1個200円から400円。儲けはほとんどない。

一方、ティンクルは今、働くことが難しい障害の重い人たちにとって、肩身の狭い思いをする施設になりつつある。

2006年、利用者の作業は仕事と位置づけられ、工賃が強調されるようになった。譲治さんはそれを「当然」と言い切る。

「生きてくのにお金は必要ですし、評価のために必要な数値として工賃がフォーカスされるのも当たり前の話」

他方で、福祉施設としてB型事業所が多様化しすぎているという現実もある。

「本当は、福祉サービスには就労目的の施設以外にも、いろいろ種類があるんです。例えば、自宅を出て外に出るトレーニングをするだけの人ならば、身体機能を整えるようなサービスを使えばいい」

しかし知名度が低く、施設数も少ないため、結果的にB型事業所が多様な利用者を抱え込まざるを得ないというのだ。

ティンクルも、スタート時点では「授産所」だった。授産所とは、一般雇用とは切り離された保護施設のひとつ。仕事というより、訓練の場だった。だからこそ、慶太さんたちにも居場所があったのだ。


後編では、利用者にとってのB型事業所の意義について掘り下げていく。

【後編】制度変更による収入減で運営危機も… 障害者支援施設が追うべきは“お金”か“やりがい”か

テレビ静岡
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