日本統治時代の台湾で教育に当たった益城町出身の志賀 哲太郎。その遺族も同じ教師の道を歩みました。澤田 寛旨(さわだ・ひろし)さん、96歳。大伯父である志賀 哲太郎への思いを見つめます。
「聖人」と呼ばれた一人の教師は、生まれ故郷に帰って来ることはありませんでした。
益城町出身の志賀 哲太郎。日本統治時代の台湾・台中市大甲区で熱心に子どもたちの教育に当たりました。
TKU制作のドキュメンタリードラマ・郷土の偉人シリーズ 第33作は、この志賀 哲太郎にスポットを当てます。
「(線香を折りながら)私の所は、両親から『半分に折って使ってくれ』と言われたものです」
志賀 哲太郎の妹の孫にあたる澤田 寛旨さん、96歳です。澤田さんも教師の道を歩みました。それは大伯父である志賀哲太郎の影響が大きかったといいます。
【澤田寛旨さん】
「生まれた時から、私の家で志賀家のことは全部、祖母が管理していましたし、(志賀先生のことは)それはもうよく聞いておりました。『あなたは先生にならなんよ』と小さい時から言われて、志賀先生のことはしっかり私の頭の中にございました」
小学校で音楽を教えていた澤田さん。当時の教え子の中には後の平成音楽大学の初代学長、出田 敬三さんがいて、ピアノを教えたそうです。
2024年11月、台湾です。台北市にある『芝山(しざん)公園』。
〈台湾の教育の聖地〉といわれる場所に、志賀哲太郎顕彰会のメンバーの姿がありました。没後100年を記念して、かつて台湾に渡った日本人教師たちの足跡を訪ねていました。
1895年、日本は日清戦争後の下関条約によって台湾を統治することになり、台北に初めての学校『芝山巌学堂』を開きました。
しかし、開校からおよそ半年後、日本の統治に反対する、いわゆる〈抗日ゲリラ〉から襲撃され、熊本出身の平井 数馬(17)を含む6人の日本人教師が殺害されました。
彼らは『六氏先生』として祀(まつ)られ、その遺志を継ごうと日本から多くの教師が台湾に渡りました。
(故教育者姓名碑)
しかし、疫病などで命を落とす者も多く、この石碑には台湾で亡くなった教師たちの名前が刻まれています。
【澤田寛旨さん】
「実はこれですね、顕彰会の先遣訪問団で2016年に最初に来た時に、みんなでここにお参りして、〈どこかにあるはずだ〉と思って、私が見つけました。『あったー!』と私が言ったら、みんな寄って来て」
志賀哲太郎は1896年、31歳のときに台湾に渡り、やがて台中市大甲区で公学校の教師になりました。
当時の大甲公学校は、学問の神様を祀る『文昌祠』を校舎としていました。
26年間の教師生活の教え子は約1000人に上り、のちに台湾発展の礎(いしずえ)となる人物も多く輩出したといわれています。
2011年、大甲区は志賀を『文昌祠』に祀り、その功績を語り継いでいます。
大甲にある鐡砧山(てっちんざん)。その中腹に教え子たちが建てた志賀 哲太郎の墓があります。
(澤田寛旨さんが祭文を読む)
「先生がここ大甲の地において、人々の暮らしの安定に、また、子どもたちの教育に平等博愛の精神と一視同仁(平等に慈しみ差別しない)の姿勢とをもって、26年間、一心不乱に尽くされたご実績は、今もなお大甲の人々の心に刻まれ、また台湾教育史に輝かしい光として残されております。私たち同郷人として誇りとするところであります」
志賀 哲太郎が眠る墓は以前、大雨による土砂崩れで流されてしまいました。教え子たちは墓を建て直し、「自分が死んだら志賀先生のそばに葬るように」と言い残したといいます。
「先生の墓を守る」。そう誓い合った教え子たちの墓は今もその場所にあります。
「聖人」と呼ばれた志賀哲太郎。その墓は今も教え子たちに守られています。
(2018年2月/益城町文化会館)
【台北駐福岡経済文化弁事処 戎義俊(えびす・よしとし)処長/当時】
「大甲区と益城町、そして台湾と日本、この間の関わり、結びつきが、ますますこの絆が強くなると私は確信しています」
2018年2月、益城町で台湾の関係者を招いて、志賀 哲太郎の『顕彰のつどい』が開催されました。
当初は2016年5月に予定していましたが、熊本地震の影響で、2年近く延期になっていました。顕彰会は町でミニ集会を重ね、志賀 哲太郎の功績を伝え続けていました。
【澤田 寛旨さん】
「顕彰会の皆さんが熱心にいろいろな研究や活動をして、志賀 哲太郎もおそらく大変喜んでいると思います」
(志賀 哲太郎を広く知ってもらうために必要なことは?)
「TKUの『郷土の偉人』にぜひ出していただきたい。それを願っております」
TKU制作のドキュメンタリードラマ 郷土の偉人シリーズ『台湾・大甲の聖人 志賀 哲太郎~生徒たちの明日を照らして~』は、フジテレビ系九州7局で1月25日(日)午後4時5分放送です。
【志賀 哲太郎 役/竹財 輝之助さん】
「熊本と台湾を結ぶ偉人です。『志賀 哲太郎』、ぜひご覧ください
遺族の澤田さんは同じ教師として「ここまで教え子に愛された志賀哲太郎がうらやましい」と話していたそうです。
大甲区からの訪問団が14日、熊本入りしました。15日はこの模様をお伝えします。た。