「ここに生まれて、ここに育ったわけですから。カラスやスズメと一緒でした。トキはこの上を飛んどるように。そんな珍しいものじゃなかった」

そう語るのは、石川県羽咋市に住む村本義雄さん。2025年に100歳を迎えた村本さんは、一度日本の空から姿を消した国の特別天然記念物「トキ」の復活に生涯をかけてきた第一人者である。
絶滅から復活へ—本州初、能登のトキ放鳥計画と農家たちの挑戦

学名をニッポニアニッポンという、日本を代表する鳥・トキ。その美しい羽は「朱鷺色」とも呼ばれ、かつては日本全土で見られた。

村本さんが子どもだった頃は、トキは今のカラスやスズメのように、能登の空を普通に飛び交う存在だった。しかし、高度経済成長期に入ると、そんな日常の風景は徐々に変わっていく。
絶滅への道—農薬と乱獲の時代
身近にいたはずのトキが少しずつ姿を消していくことに危機感を抱いた村本さんは、まだ本州にトキが生息していた時代から保護活動を始めた。しかし、その努力もむなしく、55年前、石川県穴水町で捕獲された「能里」という名のトキが死に、本州からトキは絶滅してしまった。
「残念。無念」と当時を振り返る村本さん。その原因について、「田んぼに散布した除草剤という薬、田んぼに撒いたら草が根っこから枯れていくんだと。その時に動物も一緒に死ぬとは気が付かなかった」と語る。

高度経済成長の時代。除草剤や農薬の影響に加え、トキの美しい羽が乱獲の対象となり、トキの絶滅につながった。

絶望の淵にいた村本さんだが、やがて希望の光が差し込む。日本では絶滅したトキだが、中国の奥地に7羽が生き残っているという情報を得たのだ。

「日本のトキは絶滅して、これは地球上からトキがいなくなったんじゃないかと思ったら、中国の奥山で7羽は生き残っているのが分かって。これは日本の二の舞いを踏んでもらいたくない。なんとかして地球上にこれを生き残させたい」

村本さんは何度も中国に足を運び、トキの保護活動や研究を行った。その熱意と尽力が実を結び、1999年に中国からトキのつがいが贈られ、その後、繁殖に成功。2008年には、ついに新潟県の佐渡島でトキが野に放たれるという大きな一歩を踏み出すことになる。

放鳥式典に姿を見せた村本さんは、「能登にもこんな日が来るんかなという感じで。トキが消えるまでずっと眺めてました」と当時を振り返る。

本州初、能登への放鳥が決定
全国で分散飼育も始まり、トキは徐々に増えていった。ついに本州でもトキを放そうという機運が高まり、2026年、いよいよ石川県羽咋市の南潟地区で本州初となるトキの放鳥が行われることになったのだ。

しかし、村本さんはある危機感を抱いていた。
「放したいのは山々です。放しても餌ないと死んでしまう。それも元も子もない」

以前、農薬や除草剤でトキが死んでしまった現実を目の当たりにしてきた村本さんにとって、放鳥だけでは不十分だと感じていたのだ。ただ放鳥しても、環境が整っていなければ再び絶滅してしまう恐れがある。

地元農家の協力で作る「トキの楽園」
そこで石川県は村本さんと共に、トキが末永く生きていける場所づくりを進めてきた。地元の農家に協力を呼びかけ、羽咋市南潟地区を含むいくつかのモデル地区を能登に設置。トキが餌を取りやすい環境づくりに取り組んでいる。

トキの放鳥に向け協力してきた農家の濱田栄治さんは、「トラクターでおこしたところを走って、わだちをわざと作って、トキが餌を取れる環境づくりをしています」と語る。

トキの餌場を作るため、餌となるタニシやドジョウが生息しやすい「江」を作り、農薬や除草剤の使用量も通常の半分に減らした米作りを進めてきた。

「このあぜも全部除草剤使っていないんです」と指さす濱田さん。実際に栽培する側としては大きな苦労があるという。

「草刈りがすごく大変です。除草剤を使えば約1カ月以上草の処理をしなくていいんですけど、草刈りだと再生が早くて2〜3週間でまた草刈りしなければいけない状況になるので、暑い時に草刈りはものすごく大変です」

こんなに苦労しながらも協力を惜しまない濱田さんには、トキへの熱い思いがある。
「負担は大きいけれども、トキがこの地に舞い降りてくれれば生態系の維持につながると思って。ちょっと大変だけども協力しようという考えです」
100歳の夢、能登の空にトキが舞う日

能登の大空にトキが舞う日まであと半年。100歳の村本さんは、トキへの思いを次のように語る。
「トキのおかげで私は今日まで生きてきたという認識はあります。放鳥式でこの目でトキを見たいなという気持ち。羽咋にいなくても、能登に繁殖してくれれば、それで成功ですよ。私はそういう日を願っています」

かつて当たり前にいたトキが、再び能登の空を舞う日。それは村本さんの100年の人生をかけた夢が、ようやく実現する日だ。
(石川テレビ 2026年1月5日放送)
