被爆80周年という大きな節目の年を迎えた広島市。長年にわたる被爆者の功績への感謝とともに、若い世代への継承を改めて誓う中、「被爆者の思いをいかにして若い世代に継承していくのか」という課題に向き合う松井広島市長に話を聞いた。
(※動画はインタビュー全掲載)
Q 全国的な平和学習を広島市が先頭に立ち、各都市が連携して進めている背景は?
【松井市長】
「都市というものの性格を考えますと、『そこに暮らす市民が共に生きて、お互いを尊重しながら生きていこう』という精神を大切にするもので、ある意味で都市というのは『重要な平和の担い手』ではないかと思うんです」
広島市長は都市の本質的な役割について語り始めた。広島市と長崎市が平和首長会議の会長、副会長を務め、世界で8500を超える都市が加盟する世界最大のネットワークとなっていることに言及。日本国内ではほぼすべての都市が参加している状況だという。
しかし大きな課題もある。被爆を体験した方や戦争を体験した方々の高齢化が進み、直接語り継ぐ人がいなくなりつつある中で、誰が次世代に伝えていくのかという問題だ。
「若い方々に事実をまずお伝えして、平和を守る決意を固めてもらう、そんな意味で平和学習をやらないといけないということで、先ず世界ベースでは平和首長会議が一緒になって平和学習に取組もうということを決意しました」
松井市長は、平和学習において実際に広島の地を訪れ、原爆資料館や原爆ドームを見ることの重要性を強調する。「『ああこんなことがあったんだ』『原爆とか戦争というものはこんな風になるんだな』ということを先ず知っていただく、感じていただく。そして学習するための全国の拠点になっていくこと、それを目指したいなと思っています」
Q: 次世代に被爆の実相を伝えるため先進技術をどう活用?
【松井市長】
「お話を聞かせていただける方々がどんどんいなくなっている。するとそれに代わるものを何らかの形でセットしないといけないということで、今はデジタル技術というものを使うということに色んな形で知恵が回ってきています」
松井市長が語る先進技術の活用法は主に二つ。一つはVRゴーグルによる疑似体験で、すでに市内の学校への貸し出しが行われており、好評を得ているという。
もう一つはAI技術の活用だ。「既に原爆の被害に遭った方々が持ってる知恵とか経験とかそういったものを踏まえて、利用者から質問があった時に、その方がいなくなったとしても、その方がこんな風に考えたかなということをAIで操作していただいてお答えするということをやれば思いが伝わるんじゃないか」
システムの基本開発は今年10月に完了しており、今後は利用者の反応を見ながら改善し、資料館などへの導入も検討しているという。
Q: 広島の子供たちの平和学習をどう支援していくか?
「ユースピースボランティアは若い方々が自ら進んで参画しようということでありますけども、多くの方々が参加し、高校生大学生になっても一貫して経験して良かったなということで自分たちやっていこうということが多く見られます」と松井市長は語る。
この取り組みを広島市内だけでなく、広島に繋がる広域都市圏からも参加を呼びかけ、多くの若者の参画を期待している。また、11月からはさらに詳しく学びたい大学生などを対象に、核軍縮や国際関係論など専門的な研究も進められる環境を整えていくという。
「ボランティアに参加していただける子たちには、平和というものそのものを大事にするんであれば、平和を創り出す文化をも大切にする、これからのまちの担い手としても色んな意味で成長していただけたら有難いと思うんです」
さらに専門的な研究支援の一環として、昨年、広島市立大学と広島大学が連携して「ヒロシマ平和研究教育機構」を設立。今後はこの機構を通じて、若い世代や研究者に必要な支援を行い、平和分野のゼネラリストと専門家の両方を育てていく考えだ。
Q: 原爆資料館に「子供向け展示」を整備する意義は?
松井市長は、子ども向け展示の整備について、新たな工夫を凝らした内容を計画していると説明する。「こどもたちになじみのある学校生活を中心に置きながら被爆の前から被爆後の時間まで追体験できる」よう設計し、身近な状況を想像しながら理解できるようにするという。
また、被爆者が残した「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」というメッセージの意味を受け止め、子どもたちが自分の意識の中に組み込んでいけるような展示を目指す。
同時に、小中学生の発達段階に配慮し、過剰な刺激を避けながら円滑に学習できる工夫も行うとのこと。この新たな展示は原爆資料館東館の地下1階に設けられる予定だという。
松井市長はこの取り組みのもう一つの効果として、資料館の混雑緩和も期待していることを明かした。「今、資料館に多くの方が来て、こういう子たちがたくさんの中で十分資料を見られない。逆にそういう子たちが少しでも他のルートでお勉強できるようになれば、今の混雑も緩和する役に立つ」
Q: 平和発信の取り組みに必要な財源を市税以外にはどうする?
広島市の平和発信活動の財源確保について、松井市長は広島平和記念都市建設法を根拠に、国からの支援を重視する考えを示した。「広島が平和を象徴する都市として不断の活動をしなければならないという、ある意味でミッションを受けてる当事者として、国家としても法律を通した以上、そういった取り組みをきちっと支援してもらえる」と説明する。
新たな平和学習展示などには、国からの補助金を3分の2充てる方針だという。それに加え、資料館の入館料収入も財源として活用していく。
さらに、海外の博物館で見聞きした工夫も取り入れる考えだ。「ジュネーブの国際赤十字・赤新社の博物館を見学させていただいた時に非常に感銘したのは、展示と同時にミュージアム・ショップやカフェ、くつろぎの場に寄付箱を設置している点です」
松井市長は資料館でも同様の取り組みを検討し、ミュージアム・ショップの拡張やオリジナル商品の開発、電子寄付システムなど、来館者の共感を得ながら収益を確保し、平和学習の広域展開に充てていく構想を描いている。
Q: ヒロシマの経験からどう学ぶか?
「人間として大事なのは、自分自身が直接生きていく中で経験して、その失敗を乗り越えて、工夫してよりいい人生を送るっていうことは多分どなたもできることなんだけども、自分じゃないけど人類としての経験、特に負の経験、そういったものは学習するということをしないと、自分自身体験できないわけです」
松井市長は歴史から学ぶことの重要性を強調する。現代の国際情勢に触れながら、「今、お互いに突っ張り合って、戦争起こすかも分からないという状況の中で、それをやってしまうとそれを当事者は死んでしまうんだから、その方の情報は伝わらない。すべての方が人類消滅してしまう」と警鐘を鳴らす。
「直接その負の経験をして、こういうことしちゃいかんよということをいう方がいなくなる中で、それ自身はいいことですよね、負の経験をしていない。だけどそれが起こるかどうか分からない瀬戸際の時に、最悪の事態を、どうなったかということを歴史を通じて、あるいは色んな今ツールがありますから、学ぶということ、今こそ温故知新を大事にする」と強調した。
Q: 平和都市・広島のリーダーとしてこれからの取り組みは?
松井市長は最後に、争いを乗り越えるための広島の姿勢について語った。単純な勧善懲悪ではなく、お互いの関係の中で生じた争いを振り返り、協調していくための発想を大事にする姿勢だ。
「広島はやろうとしてますよ、その典型例が被爆者の『このような思いを他の誰にもさせてはならない』そのために何ができるか考えましょうと言ってて、そういったことを都市としてしっかり発信していいよという根拠も、先ほど言った法律など作ってもらって、ここの市長だから言えるというお膳立てができている」
「市長にさせていただいてるんですから、リード云々じゃなくて、皆さんがこういう気持ちを分かるという、分かっていただけるような環境設定を市長である限りやり続けたいなという風に思ってます」と松井市長は決意を語った。
被爆80周年を迎え、直接被爆体験を語れる人が少なくなる中で、広島市は技術を活用し、若い世代の参画を促しながら、平和の尊さを伝え続けていく。その取り組みは世界の平和を願うすべての人々にとって、希望の光となるだろう。