2025年、岩手県では過去に例を見ないクマの出没が相次ぎ、市民生活に大きな影響を及ぼした。県のまとめによると11月末時点での出没件数は9079件と、過去最多だった2023年度を3000件以上上回る異常事態となった。特に10月は3084件と全体の3分の1を占め、人身被害も38人、死者は過去最多の5人に上った。この未曾有の事態に対し、行政は「緊急銃猟」制度の開始や警察官によるライフル銃での駆除を可能にするなど、新たな対策に乗り出している。
市街地侵入、異例の多さ
岩手めんこいテレビのカメラが2025年に県内で初めてクマの姿を捉えたのは4月2日だった。
「クマ!クマ!クマ!」記者がクマの存在に気付かない住民に注意を呼びかけた。
かつては自社カメラで捉えることが珍しかったクマの姿。2024年は1件も捉えられなかったが、市街地で出没が相次いだ2025年は14件も撮影することになった。
県のまとめによると、2025年度の出没件数は11月末時点で9079件。過去最多だった2023年度を3000件以上上回っている。
5月には北上市の商業施設付近にクマが7時間もとどまり続けた。市が捕獲を試みたが、フェンスを乗り越えて逃走した。
出没のピークは10月で、県内での目撃は3084件と2025年度全体の約3分の1を占めた。
10月20日、盛岡市の原敬記念館では敷地内にクマが出没し、約4時間居座った末に吹き矢による麻酔で捕獲・駆除された。
さらに衝撃的だったのは、その3日後に盛岡市の中心部・市役所裏の中津川にもクマが出没したことだ。通勤時間帯だったこともあり周囲は騒然となった。
盛岡市民からは「いよいよ中心部のところまで来たと思うと怖い」「怖い。安心して歩けない」など不安の声が上がった。
相次ぐ人身被害、5人が犠牲
2025年度の県内人身被害は38人、うち死者は過去最多の5人に上った(12月15日現在)。
10月、北上市の瀬美温泉では従業員の60歳の男性が露天風呂清掃中に行方不明となり、翌日近くの林で遺体で発見された。
遺体近くには男性を襲ったクマがいて、猟友会により駆除された。
瀬美温泉の岩本和裕代表取締役は「ショックだし後悔している。言葉では表せない」と悲痛な思いを語った。
同月、一関市厳美町の住宅の庭で、住民の67歳の男性と飼い犬がクマに襲われ死亡する事件も発生した。
警察や猟友会が集まる中、現場付近にクマが現れたため、その場で駆除された。
緊急対策の開始と課題
全国で災害級の被害が出る中、9月には「緊急銃猟」制度がスタートした。
市町村判断で銃を発砲できる制度だが、開始時点で実施準備が整っていた自治体は4つのみという「見切り発車」状態だった。
その後、11月20日に洋野町で初めて実施され、これまでに県内で4件の緊急銃猟が行われている。
11月には被害が深刻な岩手県と秋田県に特化した取り組みとして、警察官によるライフル銃での駆除を可能とする規則改正がなされ、県内外の銃器対策部隊からなるプロジェクトチームが結成された。警察庁の楠芳伸長官も盛岡を訪れ、対応にあたる県警を激励した。
チームは発足の翌週11月18日、柿の木に2日連続で2頭のクマが現れた岩泉町に初めて出動したが、クマが高い位置にいて銃で狙えず駆除には至らなかった。
異常事態の要因と今後の課題
東北森林管理局の調査で、2025年は県内のブナの実が2年ぶりの大凶作だったことが判明した。
森林総合研究所の大西尚樹さんは「完全にクマの生息圏が人間の生息圏に入り込んでいる。出会ってしまう確率は10年前に比べると各段に上がっている」と指摘している。
盛岡市は12月、これまで県内でただ一人だった麻酔の吹き矢取扱者を新たに7人養成する方針を示した。
県も12月24日にガバメントハンターの任用や「緩衝帯」整備費用など2億円余りの補正予算案を議会に提出、可決された。
2025年の世相を表す漢字に選ばれた「熊」。
人間の暮らしを脅かす状況にどう対応していくのか、2026年以降も大きな課題となる。
