岩手県北上市で10月17日、温泉従業員の男性の遺体が発見され、そばにいたクマ1頭が駆除された。わずか9日前にも同じ地域で別の男性がクマに襲われて死亡するなど、県内のクマによる人身被害が過去に例のないレベルに達している。森林総合研究所の専門家は「完全にフェーズが変わった」と警鐘を鳴らし、警戒を呼びかけている。
相次ぐ人身被害に専門家が危機感
10月17日、北上市和賀町岩崎新田の山林で男性の遺体が発見され、そばにいた約1.5mのクマが猟友会によって駆除された。
現場からほど近い温泉では、前日の16日に露天風呂の清掃作業をしていた60歳の男性従業員が行方不明となり、現場からは血痕や動物の体毛が見つかっていた。

21日になって、遺体は16日に行方不明になっていたこの男性従業員だと判明した。司法解剖の結果、首や背中などに大きな損傷がありクマに襲われ死亡したと断定された。
遺体や現場の状況から男性はクマに山林まで連れ去られたとみられている。

さらに、8日にも同じ北上市内で、この現場から約2km離れた山林でクマに襲われた別の男性が遺体で発見されている。

22日、この遺体がキノコ採りに出かけ行方不明になっていた73歳の男性と判明した。
死因は首の大きな損傷に伴う出血性ショックで、現場の状況などからクマに襲われて死亡したと結論付けられた。
市は17日に駆除されたクマのDNA鑑定を進め、同一個体かを調査している。
クマが人間を食べるために狙う可能性
クマの生態に詳しい森林総合研究所の大西尚樹さんは、こうした事態について「完全にフェーズが変わったという印象。普通ではない、まれなケース」と危機感を示している。

特に懸念されるのは、クマの行動パターンの変化である。
大西さんは「クマが食べるために人を襲ったことが確定したわけではないけれど、『今まで大きくて怖いと思っていたけれど、意外と簡単に人間は倒せる』と覚える。そうすると『食べるために狙う』という発想を持ってしまう」と指摘する。

17日に駆除されたクマを調査した結果、脂肪が少ない状態であることが判明した。
大西さんは「駆除された個体の脂の乗りが悪いということは、山の中の餌が少ないということがわかる」と述べ、2025年は山の餌不足が市街地での出没に拍車をかけていると分析し、人身被害のリスクが高まっていると話す。

そのうえで「完全にクマ生息圏が、人間の生息圏に入り込んで、山の方がかなり高密度になっている。(クマに)出合ってしまう確率は、10年前に比べると格段に上がっている」という認識を示した。
これが「新たな日常」になる可能性
北上市では2025年7月に、81歳の女性がクマに襲われ自宅で死亡しているのが発見されている。

また、10月20日には盛岡市本宮の原敬記念館の敷地内に1頭のクマが出没し捕獲された。
21日には奥州市の事務所車庫に子グマ1頭が約20時間にわたり居座り続け、わなで捕獲された。
県内では市街地での出没が高止まりしている。

こうした状況について大西さんは「異常ではなく、これが普通になると思う。11月も出没は相次ぐと思うので、12月までは警戒したままでいてほしい」と述べている。

大西さんは「地域にクマを寄せ付けないことが大切」だと強調する。具体的な対策として、柿の木からは早めに実を収穫することや、ゴミを前日ではなく当日の朝に出すことを徹底するよう呼びかけている。