日本人の平均寿命は、2022年時点で男性が81.05歳、女性が87.09歳。一方で、健康上の問題なく日常生活を送れる「健康寿命」は、男性72.57歳、女性75.45歳(厚生労働省調べ)。
元気なうちに、人生の終わりに向けた「終活」が求められている。

「人生これでよかったと思える終活を」

12月、広島市中区で開かれた終活をテーマにした講演会に、約100人が参加した。
子どもがいないという60代の女性は「最終的に一人で生きていくことを考えると、相続の話を聞いておきたい。認知症が始まった友人もいて、自分もいつそうなるかわからない」と不安を口にする。

「終活」がテーマの講演会に約100人が参加
「終活」がテーマの講演会に約100人が参加
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また80代の男性は「財産をどういうふうに子どもたちに分けるか。僕が死んでも皆いい方向に進んでいけるように、子ども同士が仲良く手を取り合える状態にできたらいい」と話していた。

講演者の「なな行政書士法人」岡村奈七江さん(57)
講演者の「なな行政書士法人」岡村奈七江さん(57)

講演を行ったのは、相続や遺言をめぐる相談を数多く手がけてきた行政書士の岡村奈七江さんだ。
「亡くなったあと、雲の上から家族を見て『こんなはずじゃなかった』と思わないために準備が必要。『人生これでよかった』と思える終活を一緒に考えたい」と話す。

岡村さんは、かつて公務員として用地買収に携わる中で、相続をきっかけに家族関係が崩れていく場面を目にしてきた。仲の良かった家族が、金銭が発生した途端に対立する。「相続は大変だな」と終活の重要性を感じたという。

終活にはさまざまな形がある。

▶︎家族がスムーズに手続きできるよう備える「エンディングノート」
▶︎身辺整理、スマートフォンやSNSの整理といった「デジタル終活」
▶︎遺言書の作成
▶︎葬儀や墓の準備
▶︎介護や入院の方向性を決める

中でも岡村さんが特に重要と指摘するのが「遺言書の作成」である。
遺言は、自分の財産を「誰にどれだけ残したいか」を生前に明確に意思表示するもの。その遺言と向き合う家族を取材した。

マンションをどうする? 相続か売却か

広島市南区にある岡村さんの事務所を訪ねたのは、84歳の母親と57歳の娘。
母親は「年齢的に何があってもおかしくない。財産は多くないが、ないところほどもめると聞くので」と話す。娘も「もめるとは思っていないが、もしものとき、本人たちがどう考えていたのかがわかれば、私と弟も方向性を決めやすい」と続けた。

相談に訪れた家族の家系図
相談に訪れた家族の家系図

今回の相談の中心は、現在両親が暮らしているマンションの扱いだ。
両親はいずれも80代でマンションに2人暮らし。子どもは長女(57歳)と長男(54歳)。長男には配偶者と子どもが、長女にも配偶者と2人の息子がいる。このマンションを誰に相続するか、両親は悩んでいた。
母親は「夫婦2人とも元気なら、施設に頼らず協力して暮らしたい」と話す。近くの賃貸に住む孫(娘の長男)にマンションを売り、自分たちが孫に家賃を払いながら住み続ける案を口にした。
一方、娘は「他にも孫がいるので、特定の孫だけに譲ると不公平感が出る。買わせてお金を払わせれば、他の孫も納得するのでは」と率直な思いを明かした。

これに対し、岡村さんは慎重な判断を促した。
「親族間の売買はけっこうハードルが高い。なぜかと言うと、安くは売れない。時価より安いと贈与とみなされ、税金がかかる可能性がある。売却益が出れば譲渡所得税も発生します」
両親の「このマンションで元気に暮らし続けたい」という望みを実行するためには「孫との売買はおすすめしない」とアドバイス。そのうえで、次のように提案した。
マンションの名義は父親なので、父が先に亡くなった場合は母が相続し、母が先に亡くなった場合には世話をしてくれる娘に相続させる“予備的な遺言書”を作成する。一方で、息子には遺留分(最低限保障された遺産取得分)を確保する。

相続の相談に訪れた80代母と50代娘
相続の相談に訪れた80代母と50代娘

相談を終えた母親は「帰って夫に話し、できるだけ早く遺言書を作った方がいいかなと思いました」と語った。

遺言書は相続トラブルの“ワクチン”

実際、遺言がないことで起きるトラブルは全国で増えている。
全国の家庭裁判所に申し立てられた遺産分割事件(遺産の分割について相続人の間で話し合いがつかないこと)は、2024年度に約2万件。前年度より約1500件増加した。

遺言がない場合、相続人の間で「遺産分割協議」を行わなければならない。岡村さんは、相談に訪れた親子にこう話していた。
「遺産分割協議のときにお母様が話し合いができる状態ではなかったら、途端に相続の手続きが進まなくなる可能性があります。兄弟仲は良くても、親という防波堤がなくなり、配偶者が口を出して関係がこじれることも。遺言は、相続トラブルに対する“ワクチン”のような存在です」

国の推計では、2040年には65歳以上の3人に1人が認知症か、それに近い症状が出るとされている。認知症で判断能力を失うと、預貯金を下ろしたり、保険や金融商品の手続き、不動産の改築や処分も自身ではできなくなり、資産が事実上「凍結」されてしまうかもしれない。

その備えとして、判断能力があるうちに家族に財産管理を託す「家族信託」という選択肢もある。終活は、人生の終わりを意識する作業であると同時に、家族の未来を守るための準備でもある。
年末年始、家族が集まるこの時期。少し先の未来について話してみてはいかがだろうか。

(テレビ新広島)

テレビ新広島
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