2025年の秋田県を象徴する出来事を一つ挙げるとすれば、多くの県民が迷わず「クマ」と答えるだろう。 山あいの集落だけでなく、中心市街地にまでクマが姿を現し、私たちの生活は大きく変わった。 散歩を控え、子供を外で遊ばせることをためらい、移動は車が前提になる。そんな“異常”が日常に入り込んだ一年を、改めて振り返る。
市街地で相次いだ襲撃 「まさか自宅に入るとは」
10月20日朝、湯沢市中心部。 通勤時間帯の街に緊張が走った。男性4人が立て続けにクマに襲われたのだ。
被害に遭った男性の1人は、自宅玄関を出た直後にクマと遭遇した。
「クマを閉じ込めておけば警察が来るだろうし、すぐ終わると思っていた。1週間もかかってしまって、まさかですよね」と当時を振り返る男性。 クマは襲撃後、開いていた玄関扉から家の中へ侵入し、6日間も居座り続けた。
住宅街の真ん中で起きた前代未聞の事態に、周辺住民は外出を控え、街は静まり返った。
秋田市でも“想定外”の場所に出没
秋田市では、千秋公園が約3週間にわたり立ち入りが制限された。園内で2頭が捕獲された後も目撃は続き、市民の不安は消えなかった。
「駅前にクマが出たと聞いて、もうどこが安全なのか分からなくなった」と市内の女性は語る。
山あいの東成瀬村では、農作業中の住民が襲われ、悲鳴を聞いて駆け付けた男性も被害に遭い、1人が命を落とした。 クマの存在が、日常のすぐ隣に迫っていた。
ペットにも及んだ被害
被害は人間だけではない。 庭にいた飼い犬がクマに襲われるケースが4件確認されている。
飼い主の男性は、当時の状況を「自分たちは何も持っていなかったから、爆竹を鳴らすしかないと思っているうちに、クマに犬が引っ張られて何もわからなくなった」と振り返る。
クマは“人の生活圏”と“野生の領域”の境界を、確実に越えてきていた。
専門家が語る「クマの行動変化」
秋田県立大学の星崎和彦教授は、クマの行動パターンに明らかな変化があると指摘する。
星崎教授:
「秋田市であれば、秋田港や海岸地帯に何度も出てくるようになり、秋田駅前のような市街地に出没するという変化が、2023年の大量出没よりもエスカレートした」

さらに、被害の時間帯にも異変があった。
星崎教授:
「以前は明け方や夕暮れが多かったが、今年度は日中にも結構あった。人が複数いても襲われる例があった。山里では互いの振る舞いが分かるが、街中ではどちらも分からない」
街中でパニック状態に陥ったクマは、予測不能な行動を取りやすい。その危険性が、2025年の被害の深刻さにつながった。
背景にある「里の縮小」「人口減」「高齢化」
2025年、県内でクマに襲われて亡くなった人は4人、負傷者は62人。 そのうち63人が“人里”で被害に遭っている。

星崎教授は、出没増加の背景に“里山の人の気配の減少”を挙げる。
星崎教授:
「里を人臭くするというのが、長い目で見れば一番効果が出る。疑似的にでも人と里の往来を取り戻したり、日中だけでも人がいるようにする必要がある」
人が減った里山は、クマにとって安全な行動圏になりつつあるのだ。
国も動いた 自衛隊・警察が異例の対応
異常事態を受け、国は9月に改正鳥獣保護管理法を施行。市街地での発砲を可能にする「緊急銃猟」が始まった。
秋田県の鈴木健太知事は10月下旬、防衛省を訪れ「すべての県民の皆さんが日常生活に大きな支障をきたしているという、まさに異常事態。自衛隊の力を借りなければ国民の命が守れないという状況」と訴えた。
これを受け、11月には陸上自衛隊が県内12市町村で活動し、延べ924人が箱わなの設置やドローン調査にあたった。
横手市の高橋大市長は「人の力ではいかんともし難い事態に安心をもたらすもの」と、隊員たちに感謝を伝えた。
さらに警察も「熊駆除対応プロジェクトチーム」を発足。 行政・自衛隊・警察が連携する、かつてない体制が整えられた。
冬眠しても油断できない
12月に入り、目撃件数は減少した。 しかし星崎教授は警鐘を鳴らす。
「大半は冬眠したが、どこで冬眠しているかが分からない。街中で冬眠することも可能。暖かい日が続けば起きてしまう。冬でもクマが出ても不思議ではない」と、心の準備の必要性を強調する。
冬眠は“深い眠り”ではなく、気温次第で目覚める“うたた寝”に近いという。
2026年の鍵は「ブナの実」
2025年はブナが大凶作だった。 山に食べ物がなければ、クマは人里へ降りてくる。
2026年は豊作・並作の予想が出ているが、星崎教授は「花が咲けば実がつくが、虫に全部食われて実らないこともある。現状で分かるのは、花芽が多いという予想だけ」と慎重だ。
クマの出没は、山の食料事情と密接に結びついている。
「クマとどう向き合うか」が問われた一年
2025年、秋田県はクマとの距離がかつてなく近づいた一年だった。 行政の対策だけでなく、私たち一人一人が日常を見直す必要がある。

クマに存在を知らせる、1人で行動しない、ごみの管理を徹底する、農作物を放置しない… 小さな行動が、クマとの距離を保つ大きな力になる。
2026年こそ、安心して外を歩き、子供たちが自由に遊べる日常が戻ることを願いたい。
(秋田テレビ)
