政府が進めてきた『働き方改革』。いま労働時間の規制緩和を巡って、大きな転換点を迎えている。
2025年の「新語・流行語大賞」に
「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」。2025年の『新語・流行語大賞』に選ばれたこの言葉は、10月の自民党総裁選で高市早苗首相が選出された際に発したものだが、直後から賛否が分かれる声が上がった。

高市首相は、自身の働き方だけにとどまらず、政権発足後には厚生労働相に対し「心身の健康維持と従業者の選択を前提にした、労働時間規制の緩和を検討」するよう指示。

政府が掲げてきた働き方改革に逆行するとの見方もあるなか、期待を寄せる業界もある。
増えたドライバーの拘束時間
家具やタイヤなど幅広い貨物を扱う『朝日陸運』(福岡・久山町)。約100人のドライバーが、積み荷や配送を担っている。
2024年に働き方改革関連法がトラック業界にも適用され、この会社でも労働時間の是正はもちろん、ドライバーの行動を厳格に管理するシステムも導入された。

「このボタンを押すと、その車両が『何時にどこにいた』っていうのが、出てくる」とシステムを紹介するのは『朝日陸運』課長の関直樹さん。

このシステムでドライバーの休憩時間なども把握できる。荷物を卸してる時間など一目瞭然だ。

ただ、労働環境が整った一方で、走行時間の短縮や休憩時間の増加により、従来3日だった行程が4日になるなどドライバーの拘束時間は増えたという。

ドライバーの中島和哉さんは「次の仕事をするのに時間を空けなきゃいけないっていうのがですね、時間に余裕ができ過ぎて、ちょっと退屈する部分というのが…、『その時間、仕事できるのに』みたいな」と話す。

労働時間の短縮で収入が減ったというドライバーも多いなか、この会社では賃上げを行い、規制前と同じ水準の給与を維持しているが「やっぱり、いまは時間が縛られるので、できればもう少し働いて給料上げたいなという気持ちがあります」という声も聞かれる。

ドライバーの富永隆也さんも「僕らとしては運んでなんぼですよ、その分、時間が長くなれば、その分だけ実入りというか収入が上がるんで、そっちの方がいいですよね。僕は働いた方がいいです」と話す。

『朝日陸運』社長の石川達也さんは「今までは本当に運送業って稼げる業種ではあったんですけども、残業時間の規制が入ったことによって、やっぱ今まで通りに働かせられなくなったっていうところがあるんですよね」と規制によって業界を離れる人も増えていると話す。

「寝る時間がない、食べる時間がない…」
一方、労働時間の規制緩和が命に関わりかねないと危機感を示す人もいる。

「社会の構造が変わったら、急に過労死が増えていきますよ。人の命を優先に考えない、災害が起こるかもしれない、そんなシステムに変わった途端に過労死って増えるんです」と看護学生に対して授業を行うのは『福岡過労死を考える家族の会』代表の安徳晴美さんだ。

安徳さんは、福岡県内の県立高校で英語教師を務めていた夫の誠治さんを『過労死』で亡くしている。

「寝る時間がない、食べる時間がない、休む時間がない。パソコンのログイン、ログアウトの時間なんかを見ると、同時期に何個も仕事を抱えていて、結局はどれも途中で終わっているという状態を見た時に底なし沼に嵌ってしまっている状態で」と当時の状況を話す安徳さん。

誠治さんが担っていた職務は多岐に渡り、倒れる1か月前の残業は125時間にのぼっていた。

これまで長時間労働の是正に尽力してきた安徳さんだが、今の社会の流れに不安を感じているという。
「命を守る制度っていうのは、絶対、壊すべきでないと私は思っているんですね。規制緩和をするってことは、私にとっては命の制度、命を守る制度を緩めると聞こえます」

「いま、人の命が軽視されつつあるんじゃないかなっていう危機感を遺族として強く思っています。やっぱり人の命は重い」
過労死の危険性があるギリギリのライン
いまでも日本の労働時間は海外と比べて長すぎると指摘する専門家もいる。

社会学者で『ブラック企業対策プロジェクト』の共同代表、今野晴貴さんは「労働時間が長いなかで、さらに選択的にまた長くできるようにするっていうのは、単純に普通に危険なことであるということ」と話す。現在の時間外・休日労働の上限は「過労死の危険性があるギリギリのライン」だとしてさらなる緩和に懸念を示す。

さらに「人間の命のリスクを現に抱えた状態で経済が回っているんだということに関して、おそらく認識がまだ十分ではないのではないかなという気がいたします」と続けた。

今野さんによると、そもそも「もっと働きたい」と思う人がいるのは、残業時間の上限が問題ではなくて、低すぎる賃金と激しすぎるインフレが原因のため、まずはそれを早急に改善するべきではないかとのことだ。

現在の時間外・休日労働の上限は、月100時間未満、複数月の平均が80時間以内となっている。

岐路に立つ働き方改革。働き手の健康を守りつつ、経済成長を維持するためどのような規制が最適なのか―。社会全体で問われている。
(テレビ西日本)
