子どもの成長と健康を願う「七五三」。晴れ着姿を写真スタジオで思い出に残す──そんな当たり前に見える風景が、難しい家族もいる。身体障がいのある子どもたちを専門に撮影する広島の女性カメラマンに密着した。
自宅の一角が写真スタジオに
「おはようございます。よろしくお願いします。荷物を運んでいきます」
広島市佐伯区にある住宅の玄関先に、明るい声が響く。
カメラマンのkoco photo・榎 春菜さん(40)。依頼者の自宅に出向いて撮影を行っている。
榎さんは慣れた手つきで背景布や照明を組み立てる。木製の小物や植物が並び、白いふわふわの台座が置かれた。リビングの一角が即席の撮影スタジオに様変わり。
そのとなりで眠っている女の子は、長女の夏井梨瑚(りこ)ちゃん、3歳。まだ幼い弟が寄りかかっても起きる様子はない。
「クッションじゃないよ、ねえね(お姉ちゃん)だよ」
「もうちょっとしたら起きようね」
そう言って、母の夏井美咲さん(30)は梨瑚ちゃんの髪をそっとなでた。
梨瑚ちゃんは生後まもなく、染色体の異常による「4p欠失症候群」と診断された。5万人に1人と言われる難病で、医師からは「いつまで生きられるかわからない。笑うこともできません」と伝えられたという。
鼻から胃へ通したチューブで栄養をとり、座位はとれず、寝たきり。だからこそ、美咲さんは自宅での撮影を望んだ。
「着物を着せるのも大変。普通のスタジオで撮るのはハードルが高い。外出中に発作が起きないか心配もあります」
医療チューブも生かして“かわいく”
榎さんは、障がい児の撮影だけでなく、着付けやヘアセットまで自ら行う。
寝た姿勢のまま着付けが始まった。着物の下に長襦袢を重ね、腰紐を結ぶ。梨瑚ちゃんがまとったのは、華やかな古典柄の着物だ。真っ白な被布も晴れやかで七五三らしい。
榎さんは、梨瑚ちゃんの頬をつたうチューブを見つめながらつぶやく。
「チューブを生かして、何かかわいくできないかな」
水引で作った小さな花飾りをチューブに絡ませ、梨瑚ちゃんのほっぺを彩った。「その子たちにしかできない飾り」だと榎さんは言う。
母の美咲さんがその様子をじっと見守る。
「かわいいんですけど…かわいいね」
「なんで撮れないんだろう」
榎さんが障がい児の撮影を始めたきっかけがある。障がい児施設で働いていた頃、「写真スタジオで撮影を断られた」と耳にしたことだ。
医療ケアが必要な子どもに触ることができないから撮れない、合う衣装がない、撮影時間が限られているので発作やパニックを起こしたときに対応できない──できない理由をいくつも聞いた。
「なんで撮れないんだろう、なんで受け入れてもらえないんだろう」
胸に残った疑問と悔しさ。それが榎さんをカメラマンへと向かわせた。
「障がいがあってもなくても、子どもたちはかわいい。そのことを伝えたくて。目にする機会をつくるのが一番だと思いました」
榎さんはこれまで、撮影した子どもたちの写真展を各地で開いてきた。障がい児の知られざる表情に、来場者が足を止める。
「いい表情をしています。見ているだけで楽しい」
「障がいのある方の存在は知っていても、気に留めていなかった。避けていたのかもしれない」
写真にこめた思いを、榎さんはこう話す。
「まだ社会の中で不平等を感じる場面は多い。写真を通して障がいに対する理解がほんの少しでも進めばと思っています」
「笑えない」と断言された娘が…
夏井さんの自宅に軽快なシャッター音が響く。
その瞬間、確かな変化が生まれた。医師に「笑うこともできない」と断言された梨瑚ちゃんが、これまで見せたことのない笑顔を浮かべたのだ。
「すごいじゃん!かわいい!」
美咲さんの驚きと喜びが入り混じった声。シャッターの「カシャッ、カシャッ」という音に合わせるように、梨瑚ちゃんは手を動かし、表情を変えていく。
榎さんが笑う。
「急にモデルさんじゃん」
美咲さんも笑う。
「カシャカシャ聞こえ出したから?」
「そういうことか」
まるで、撮られる喜びを知っていたかのような表情だった。
“成長した証”を残すために
後日、家族の元へ仕上がった写真が届いた。
「かわいい~!見て、水引かわいい。笑ってるじゃん。ちゃんと笑顔できてるよ」
梨瑚ちゃんを後ろから抱きかかえ、美咲さんが写真を見せる。その腕の中でも、梨瑚ちゃんは笑っていた。
「笑ってくれるようになったこと。ちょっとしたことですけど、それさえもうれしいですね。成長してくれている証が残せました」
わが子の成長を写真に残したい。親なら誰もが抱く“当たり前の願い”に寄り添いながら、榎さんは今日もどこかでシャッターを切る。
(テレビ新広島)
