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「今度は私がヒーローに」震災後に出会ったプロレスが人生を決めた 宮古市出身のMIRAIさんが「勇気を届けたい」と闘う理由 岩手 #知り続ける|FNNプライムオンライン
わすれない 3.11

「今度は私がヒーローに」震災後に出会ったプロレスが人生を決めた 宮古市出身のMIRAIさんが「勇気を届けたい」と闘う理由 岩手 #知り続ける

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東日本大震災から15年。岩手県宮古市出身のプロレスラー・MIRAIさん(26)が、被災経験を原点にリングに立ち続けている。小学5年で震災に遭い、復興支援のチャリティーマッチで見たレスラーの姿に励まされたことをきっかけにプロレスの道へ。今度は自分が勇気を届ける存在になろうと奮闘している。

震災がプロレスの道へ

試合前に笑顔でファンに挨拶するMIRAIさん(26)は、東北を中心に活動する団体「みちのくプロレス」に所属する唯一の女子プロレスラーだ。

プロレスラー・MIRAIさん(26)
プロレスラー・MIRAIさん(26)
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入団翌月の2025年12月、岩手県滝沢市のみちのくプロレス道場で行われた3対3のタッグマッチに出場し、正面からぶつかっていくストロングスタイルを披露して観客を魅了した。

3対3タッグマッチ(みちのくプロレス道場)
3対3タッグマッチ(みちのくプロレス道場)

MIRAIさんがリングで闘う理由には、東日本大震災の経験が深く関わっている。

プロレスラー・MIRAIさん(26)
プロレスラー・MIRAIさん(26)

「震災のときに見たプロレスラーたちはヒーローみたいで、今度は自分がヒーローになってみんなに勇気や元気を届けていきたい」…この想いが、MIRAIさんをプロレスの道へと導いた。

ふるさと宮古の記憶

MIRAIさんは海に囲まれた宮古市重茂半島の出身だ。
現在は県外での試合も多く、東京と岩手の2拠点生活だが、帰省時には「浄土ヶ浜」を訪れて心を落ち着けている。

「浄土ヶ浜はお気に入りの場所」と話すMIRAIさん
「浄土ヶ浜はお気に入りの場所」と話すMIRAIさん

「浄土ヶ浜はお気に入りの場所。宮古に帰ってきて『どこに行きたい?』と言われると、『海に行きたい、浄土ヶ浜に行こう』と連れてきてもらっていた」と話す。

MIRAIさんは小学生のころから柔道に打ち込み、格闘技の道を歩んできた。
2011年、5年生のときに東日本大震災が発生した。

小学生のころから柔道に打ち込むMIRAIさん
小学生のころから柔道に打ち込むMIRAIさん

自宅は高台にあり家族は無事だったものの、漁業を営んでいた父親の船と作業小屋が流され、津波の恐ろしさを目の当たりにした。

震災直後の宮古市重茂(2011年3月)
震災直後の宮古市重茂(2011年3月)

MIRAIさんは「ミニチュアみたいに色んな物が壊れているし、車とか『そこにそんなものがいかないでしょ』という場所にいっぱいあったので、自然の力は怖いというのを実感した」と当時を振り返る。

人生を変えた一戦

日常が一変した中で、彼女の人生を決定づけたのが宮古市で行われた新日本プロレスのチャリティーマッチだった。

逆境に屈しないプロレスラーの姿と復興に歩む町とを重ね合わせていたという。

2011年10月・新日本プロレスのチャリティーマッチ
2011年10月・新日本プロレスのチャリティーマッチ

MIRAIさんは「『頑張れー!いけー!』って言うと『うんうん!』と。自分たちの声が届いて、立ち上がってまた闘う姿がすごくカッコいいと思ってひかれた」と語る。

憧れを胸にプロの世界へ

その憧れを胸に高校卒業後、MIRAIさんはプロレス界へ飛び込んだ。

関東の4つの団体を渡り歩いた後、2025年11月に東北を中心に活動する「みちのくプロレス」に移籍。現在は同団体唯一の女子プロレスラーとして活動している。

2025年11月・みちのくプロレスに移籍したMIRAIさん
2025年11月・みちのくプロレスに移籍したMIRAIさん

闘う姿を見せることで被災地を勇気づけ、震災の記憶を風化させないことにつながると考えている。

みちのくプロレス MIRAIさん:
震災を通してプロレスラーになった人がいるよと伝えることで、震災が忘れられないと思う。もっと活躍して、プロレスラーになった経緯を伝えていきたい。

女子プロレスの国内タイトルマッチ
女子プロレスの国内タイトルマッチ

2025年の年末から2026年の年始にかけて、女子プロレスの国内タイトルマッチで2つのベルトを獲得し、大きな注目を集めるレスラーに成長している。

家族の支えと地元の応援

MIRAIさんは現在、両親とともに盛岡市で暮らしている。
自宅には10年以上かけて集めてきたというプロレスグッズがひしめいていた。

自宅にはたくさんのプロレスグッズ
自宅にはたくさんのプロレスグッズ

多忙な日々を支えているのは両親の存在である。かつてはプロレス入りに反対していたが、現在はほぼ全ての試合に足を運んでいるという。

父・邦彦さんと母・まり子さん
父・邦彦さんと母・まり子さん

母・まり子さん(58)は「プロレスラーにならなければ出会えなかった人たちがいっぱいいるので、行くのが楽しい」と語り、父・邦彦さん(62)も「自分が選んだ道だから、いいのではないかと思った。けがだけが心配」と娘を支えている。

盛岡市で両親と暮らすMIRAIさん
盛岡市で両親と暮らすMIRAIさん

MIRAIさんは「もっといいところをいっぱい見せられるよう、頑張らなければと思う」と答えた。

サスケ戦で見せた成長

2026年1月、MIRAIさんは400人の観客を前に、みちのくプロレスの創設者でもあるザ・グレート・サスケ選手との初めてのシングルマッチに挑んだ。

ザ・グレート・サスケ選手とのシングルマッチ
ザ・グレート・サスケ選手とのシングルマッチ

MIRAIさんは序盤、スピード感あふれるロープワークからラリアットを連発、体格差をものともしない豪快な投げ技で何度もフォールを迫るなど試合の主導権を握った。

ザ・グレート・サスケ選手に技を仕掛けるMIRAIさん
ザ・グレート・サスケ選手に技を仕掛けるMIRAIさん

その後もたたみかけるように攻撃を仕掛けたが、一瞬の隙を突かれ「フロント・ネックロック」で敗れた。

みちのくプロレス ザ・グレート・サスケ選手
みちのくプロレス ザ・グレート・サスケ選手

試合後、サスケ選手は「やっぱり強い、さすが2冠王。簡単に追い越されてしまうのではないか。追い越されたときは私はうれしいと思う」と話し、MIRAIさんの実力を認めた。

次世代への希望を託して

その果敢に攻め続ける姿勢は、観戦した子どもたちの胸に響いている。

「やられてもあきらめないで、立ち向かっていったところがカッコよかった」「カッコよかったです。MIRAIちゃん次の試合は絶対勝ってね」という声援が、さらなる成長への原動力となっている。

観戦した小学生
観戦した小学生

「(会場を)試合前に通っていくときに『頑張ってね』と小さい子が言ってくれて、すごくパワーになる。MIRAIみたいにプロレスラーになりたいと言ってくれる子が出てくるように、もっとカッコいいヒーローになりたい」とMIRAIさんは語る。

みちのくプロレス MIRAIさん
みちのくプロレス MIRAIさん

震災後の宮古市でプロレスに魅了された少女は、15年後の未来でリングの上から勇気を届ける存在になっている。

リングに立つMIRAIさん
リングに立つMIRAIさん

「震災を通してプロレスラーになった人がいるよ」と伝え続けることで、あの日の記憶を風化させないという思いで、MIRAIさんは今日もリングに立つ。

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