40代で書道を始め、世界で活躍する異色の書道家が岡山市にいる。自分自身の感情を文字に映し出す作品は多くの人の心をつかんでいる。
◆古典にある漢字をベースに数多くの作品を生み出す書道家 岡山市の吉田綾舟さん
日本三大奇祭の一つとして知られる裸祭り「西大寺会陽」。その「あと祭り」で、自分の体ほどもある大きな筆を自在に操る一人の女性。書き上げた文字は「命」。
岡山市中区に住む書道家・吉田綾舟さん(66)。
吉田さんが書道と出合ったのは41歳の時。伝統的な書の技法を超越し、自由な発想で表現する前衛書にみせられたという。
以来、古典にある漢字をベースに数多くの作品を生み出してきた。
◆書と絵画の境界線を超えた作品も 吉田さんが「自分は変わるんだ」と思った瞬間
時には書と絵画の境界線を超えたものも・・・
「これだと思ったところを表現したい」と語る吉田さん。線を引き、その線になるためには「リズムと呼吸がシンクロしないと絶対にならない」という。
「シンクロした時がとにかく気持ちいい」のだそうだ。
2017年に書いた「翔ぶドラゴン」。世界から高い評価を受け、2026年、ニューヨークで開かれる書道の展覧会に出品されることになった。表現したのは中国・周王朝時代の青銅器に刻まれた、区切りの「区」という文字。新しい自分に生まれ変わりたいー。そんな思いを込めたという。
今までの自分と違うんだと思って書いた「区」の一文字。
「1画目でパーンと跳ねたらうまいことパーッとなって、自分としては気持ち良く書けて、自分は変わるんだと思った」と、吉田さんは作品を書き上げた当時のことを述懐する。
◆海外経験が豊富な吉田さん…世界3大バレエ団との共演も
学生時代にはインドへの留学経験がある吉田さん。結婚後も夫の仕事の都合で4年間、ロシアで生活するなど海外経験が豊富だ。
日本とロシアの友好イベントに参加したり、世界3大バレエ団の一つ、ボリショイ・バレエと「共演」するなど異色の経歴を持っている。
◆吉田さんには外国人の弟子も…筆を動かしている時は”瞑想のような気がする感覚”
書道を始めて25年。吉田さんは、後進の育成にも力を入れ、今では8人の弟子がいる。そのうち4人は外国人だ。
取材した日はフランスの弟子、ブルーノ・ブレシェミエさんが友人3人を連れて吉田さんのもとにやって来た。書道は初めてという3人に、吉田さんは筆の使い方や線の書き方を教える。
「筆を斜め45度に開いて、筆が開いているのを感じて、最後に筆を斜め45度に上げる・・・」呼吸とリズムで線を引くー。吉田さんの教えもあり、約2時間ほどの稽古で文字を書き上げた。
参加した人は記者の問いに対し「書道は初めてだが、筆を動かしている時に瞑想(めいそう)のような気がし、自分の感情が乗るとも感じた」と興奮気味に感想を述べていた。
◆普段はリモート稽古 ヒプノセラピストの弟子は直接指導に「難しい」と言いながら笑顔も
弟子のブルーノさんは催眠療法で潜在意識に働きかけ、心の問題やストレスを軽減する専門家「ヒプノセラピスト」として活動していて、書道とヒプノセラピーとの関係を解説した専門書も執筆している。
「ヒプノセラピストだから薬の勉強はしたが、芸術の勉強はしたことがなかった。始めは難しかったが、先生のお陰で少しずつできるようになり、書道が好きになった」とブルーノさん。普段はタブレットを使い、リモートで稽古を受けているが、この日は師匠の直接指導を受けることができた。
記者の英語での「簡単?」との問いかけに、日本語で「難しい」と答えるブルーノさんがいた。
◆吉田さんの書は来夏、米・ニューヨークへ…「悲しみ、楽しさ全て含めて自分をその時々に表せていけたら」
自分自身の感情、生きざまそのものを文字に映し出す。吉田さんは「書」に対する飽くなき「探求心」が衰えることはない。
「無意識の中で互いに結び合えるほどの人間としての共通項があると思う。それを表せるのが本当の芸術だと思う」
悲しみや楽しさ全て含めて自分をその時々に表せていけたら良い、吉田さんはこう締めくくった。
アメリカ・ニューヨークはアートの都市としても知られ、世界のアート市場の約40%が取引されていると言われている。
吉田さんの書は2026年7月ごろ、ニューヨークの展覧会に出品される予定だ。