基本的には放任主義、子供たちのやりたいようにさせる。が、子供たちが調子に乗って、セツが許せない一線を越えると恐ろしいことになる。
たとえば、義父の金十郎が亡くなってしばらく経った頃、長男の一雄がふざけて「お爺様がくたばった」と悪い言葉を使ったことがあった。それを聞いたセツは激怒。
「ドスーンと私は突き飛ばされました。この意外な結果に驚き慌てて起きあがろうとするところをギュウーッと十六貫百匁(否、六十瓩以上)の母に押さえつけられ、目茶苦茶に叩かれてしまいました」(『父「八雲」を憶う』小泉一雄)
と、強烈な体罰について書いている。セツは当時の日本人としては大柄だった。約60kgの体重は細身のハーンよりも重かったはず。そんな彼女に全力突進で突き飛ばされ、マウンティングポジションを取られてタコ殴り。ハーンが子供に怪我させぬよう慎重におこなう体罰とは違って、トラウマになりそうな痛みと恐怖だったろう。
セツはもともと気性の激しいところがあり、キレると抑えが効かなくなる。子供たちにとって彼女は、絶対に怒らせてはいけない“ラスボス”だった。
青山 誠(あおやま・まこと)
作家。近・現代史を中心に歴史エッセイやルポルタージュを手がける。
