「もしNYで成功できるなら」
ニューヨーク市長選が全米の注目を集めるのは、単に経済規模の大きさゆえではない。ニューヨークは常に米国政治のあり方を映す鏡であり、ルーズベルト、ラガーディア、ジュリアーニ、ブルームバーグら歴代市長の時代を通じて、その政策が国の進路を先取りしてきた。
その意味で今回の選挙が注目されるのは、マムダニが勝てば米国史上初の「社会主義者の大都市市長」となる点だ。もし彼が財政を崩さずに成果を上げれば、社会主義という言葉の印象を一変させ、民主党の政策議論を根底から塗り替える可能性がある。逆に失敗すれば、「家賃凍結」や「市営スーパー」といった政策は「非現実的な夢想」として退けられ、左派の実験は後退するだろう。

こうした流れの先にあるのは、民主党が「中道政党」か「社会運動型の組織」かという路線対立の決着である。
党内ではチャック・シューマー上院院内総務ら穏健派が警戒を強め、アレキサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員ら進歩派は「次の世代の旗手」として熱烈に支持している。ニューヨークという舞台を通じて、民主党の魂の争奪戦が始まっていると言って良い。
一方で、トランプ陣営にとっても、この選挙は無縁ではない。
右派ポピュリズムの旗手であるトランプ大統領が、左派ポピュリズムの象徴となったマムダニ氏に対抗心を抱いていることは、大統領が180億ドルの連邦資金を凍結した異例の行政命令が示している。

だが理想だけでは街は動かない。ニューヨークの財政は慢性的な赤字を抱え、地下鉄の治安回復や住宅問題、観光業の回復など現実の課題が山積している。もし舵を誤れば、進歩派の希望は一転して「絵空事」に変わるだろう。
マムダニ氏は米国生まれではないため、将来大統領選挙に出馬する資格はないが、既存政治に風穴を開け、若い世代を再び選挙に駆り立てた事実は重い。
彼の挑戦が成功すれば、米国政治は「理念を語り、現実と折り合う」新しい成熟の段階に入るのかもしれない。

フランク・シナトラのヒット曲「ニューヨーク・ニューヨーク」の歌詞に「もしニューヨークで成功できるなら、どこでも成功できる(If I can make it there, I’ll make it anywhere)」という一節がある。ニューヨークのマムダニ現象は、やがて全米に波及していくのかーーその行方を米国全土が見つめている。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
