トランプ大統領がゾーラン・マムダニ次期ニューヨーク市長を「共産主義者」と罵り、マムダニ氏が大統領を「ファシスト」と呼んだ――そんな緊張の応酬のさ中の21日に行われたホワイトハウス会談は、当初、決裂必至と見られていた。


フォックス・ニュースは「会談か、それとも対決か?(Sit Down or Showdown?)」という挑発的な見出しを掲げ、右派論客は「社会主義者との対決になる」と警告していた。

“決裂必至”予測も驚くほど和やかに

だが実際にふたを開けてみれば、予想外の光景が広がった。
会談後、2人が並んで記者団の前に姿を現した時の表情は、驚くほど和やかだった。

握手を交わすトランプ大統領とマムダニ氏
握手を交わすトランプ大統領とマムダニ氏
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まずトランプ大統領が口を開いた。


「われわれは素晴らしい会談を行った。生産的で、有意義だった。私たちには共通点がある――それは、この愛すべき街を良くしたいという思いだ。市長に心から祝意を送りたい」

続いてマムダニ氏も応じた。

「大統領との会談に感謝する。共に焦点を当てたのは、敬意と愛を共有する対象――ニューヨーク市だ。そしてこの最も高価な都市で暮らす850万人の市民に“生活費の負担軽減(affordability)”を届けるという課題だった」

2人は「意見の相違は残るが、多くの点で一致した」と強調した。

「ニューヨークの発展のために協力する」

記者がマムダニ氏に「今でも大統領をファシストと思いますか?」と問いかけると、トランプ大統領が笑いながら割って入った。

「“イエス”と言っておけばいい。その方が簡単だ。私は否定しないよ」

緊張を和らげるこの一言に記者席もどっと笑いが起きた。さらに「ニューヨークに戻るつもりは?」と聞かれたトランプ大統領は、「もちろん戻りたい」と答え、終始、融和ムードの中で会談は締めくくられた。

こうして、かつて罵り合った両者が「ニューヨークの発展のために協力する」と約し、誰も想像しなかった関係が形をとり始めた。

「最大の勝者はマムダニ、確実な勝者はトランプ」

ニュースサイト「ザ・ヒル」はこの会談を「最大の勝者はマムダニ、確実な勝者はトランプ」と評した。

「最大の勝者はマムダニ」と報じたニュースサイト「ザ・ヒル」
「最大の勝者はマムダニ」と報じたニュースサイト「ザ・ヒル」

マムダニ氏は、連邦資金削減や州兵派遣という脅しを封じ込める一方で、自らの原則を譲らずに信頼を勝ち取った。トランプ大統領は敵対的な社会主義者と“共通の大義”を演出し、柔軟で包容力のあるリーダー像をアピールすることに成功したのである。

敗者は明らかだった。マムダニ氏を「危険な社会主義者」と攻撃してきた共和党保守派と、決裂を期待したマスコミである。フォックス・ニュースが煽った「showdown(対決)」の構図は、あっけなく肩透かしに終わった。

マムダニ氏「大統領と私は目標を共有している」
マムダニ氏「大統領と私は目標を共有している」

ニュースサイト「ポリティコ」は「トランプ大統領とマムダニ次期市長の緊張感あるホワイトハウス会談は、思いがけず“愛の集い(ラブフェスト)”のような展開となった。両者は生活費の負担軽減に向けた取り組みを互いに称え合った」と伝え、当初予想された対立構図を覆す意外な融和ムードを描いた。

「彼は理性的な人物だった」と大統領が言えば、マムダニ氏は「大統領と私は、働く人々に生活費の負担軽減をもたらすという目標を共有している」と応じた。わずか1時間足らずの会談が、これほどまでに政治的な空気を変えることは稀だという。

政治的立場の違い超え都市の未来を優先

思い起こされるのは、1930年代の大恐慌下で、共和党のフィオレロ・ラガーディア市長と民主党のフランクリン・ルーズベルト大統領が築いた協力関係である。

フィオレロ・ラガーディア市長(1940年)
フィオレロ・ラガーディア市長(1940年)

当時、ワシントンのニューディール政策とニューヨーク市政が手を携え、公共事業や住宅整備が一気に進んだ。ルーズベルト大統領が連邦資金を惜しみなく注ぎ、ラガーディア市長が現場でそれを形にした結果、橋梁・地下鉄・公園などの都市基盤が整い、今日のニューヨークの骨格が作られた。

フランクリン・ルーズベルト大統領(1939年)
フランクリン・ルーズベルト大統領(1939年)

政治的立場の違いを超えて都市の未来を優先する――この歴史的連携こそが、アメリカの都市政治が持つ最良の伝統だった。

マムダニ=トランプ会談がその再現となるかは、まだわからない。だが「生活費の負担軽減」という共通の旗印を掲げた今、両者が協調すれば、再びニューヨークが変わる可能性はある。

トランプ大統領は「この街は分岐点にある。素晴らしい方向にも、逆の方向にも行ける。あなたにはそれを良い方に導くチャンスがある」とマムダニ氏に語りかけた。

もしこの言葉が本気なら、真の勝者は――再び希望を手にするニューヨーク市民なのかもしれない。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。