師走を迎えて巷にクリスマスソングが溢れる時期になったが、今年はそのメロディーの裏に、少し奇妙なニュースが流れた。AIが生み出したクリスチャン歌手、ソロモン・レイ(Solomon Ray)のアルバム「A Soulful Christmas」が、iTunesのクリスチャン/ゴスペル部門で首位に立ったのである。タイトル曲「Soul to the World」や「Jingle Bell Soul」――いずれも“soul(魂)”を冠しているが、その歌い手に魂は存在しない。

“聴き手の心には響かない”AI歌手に反発の声も

レイは人間ではない。声、歌詞、歌唱スタイル、さらには人物像まで、すべて人工知能によって設計された。アルバムのカバーに写る黒人ソウル歌手風の人物も、実在の人ではなくAIが合成した画像とみられている。

創作したのはミシシッピ州のラッパー、トファーことクリストファー・タウンゼント。膨大なゴスペルとソウルのデータを学習させたAIが旋律を作り、歌詞を紡ぎ、仮想の歌手像を与えられて世に出た。

AIが曲を作ることはもはや珍しくないが、「歌い手」まで人工知能となれば話は別だ。人間の体験や感情をもとに歌うことこそ、音楽の核心ではないか。特にゴスペルは、黒人教会の祈りと苦難の歴史を背景に育まれてきた“証しの歌”である。その声に信仰の温度が感じられないなら、どんなに技巧的に優れていても聴き手の心には響かない――そうした反発が宗教界から相次いだ。

「CHRISTIANITY TODAY」より
「CHRISTIANITY TODAY」より
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キリスト教関連の情報サイト「CHRISTIANITY TODAY」は「今人気ナンバーワンのクリスチャン歌手には魂がない」と題した記事をトップで大きく取り上げ、実存するクリスチャン歌手のフォレスト・フランクの次のような声を伝えた。

「AIには聖霊が宿らない、魂を持たないものに、私たちの霊を開くべきではない」

確かに、信仰に根ざした音楽がAIの“模倣”に置き換えられるとき、そこには宗教的違和感が残る。ましてやクリスマスの季節に、無機質な歌声がチャートの頂点に立つのだから、皮肉と言うほかない。

AI音楽は“魂”の新しい形なのか

しかし現実は、AIが音楽界の構造を変えつつあることを示している。

Spotifyなど主要プラットフォームはAIによる楽曲生成を制限しながらも、同時に“創造の補助ツール”としての活用を認めている。Billboardのエアプレイ・チャートには、すでにAIアーティスト「ザニア・モネ」も登場した。もはや「人間だけが音楽を作る時代」は過去になりつつある。

レイのインスタグラムの紹介文には「AI Voice」と書いている。(ソロモン・レイのインスタグラムより)
レイのインスタグラムの紹介文には「AI Voice」と書いている。(ソロモン・レイのインスタグラムより)

そして技術の進歩を思えば、ソロモン・レイが「動く」日も近い。静止画のアバターをもとに、AIが自動生成で口を動かし、体を揺らし、教会のステージで踊る――そんな映像はすでに試作可能だ。現実と仮想の境界は日に日に薄れ、視聴者は「本物の歌手」と「AIの歌手」を区別できなくなるだろう。

問題は、そうした変化をどう受け止めるかだ。悲しみや希望、赦しといった感情は、アルゴリズムの計算には還元できない。だが同時に、AIが作る旋律に人々が感動するなら、それはすでに“魂”の新しい形なのかもしれない。
 

ソロモン・レイのフェイスブックより
ソロモン・レイのフェイスブックより

ソロモン・レイの歌声は滑らかで温かい。だが、その温もりがどのような仕組みで生まれているのかを考えると、AIがいまや「感情の表現」までも模倣できる段階に来ていることがわかる。
 AIが人間の感情を再現できるなら、私たちは何をもって「本物の表現」と呼ぶのか――その線引きが、これからの文化を左右するだろう。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。