米国では「社会主義」が、もはやタブー(禁句)ではなくなったようだ。

「資本主義は退潮し、社会主義が台頭(Capitalism is out … and socialism is in)」

9月15日、政治専門サイトのポリティコがこんな刺激的な見出しの記事を載せた。

「資本主義より社会主義」民主党支持者に変化

世論調査会社ギャラップが8月に行った調査結果を報じたもので、それによると資本主義を「好ましい」と答えた米国人は54%だった。4年前には60%あったので、じわじわ下がり続けて最低水準に落ち込んだ計算だ。

とりわけ民主党支持者では資本主義支持が42%にとどまり、調査開始以来初めて半分を割り込んだ。一方で社会主義を「好ましい」と見る民主党支持者は66%。もはや党の中では「資本主義より社会主義」と答える層が主流になっている。

ギャラップ社も「全体の数字は横ばいだが、その裏で民主党支持者の意識は大きく変化している」とコメントしている。かつて冷戦時代には「敵の思想」としてタブー視されていた社会主義が、今や「市民権」を得て、民主党の若い世代を中心に再評価されているということのようだ。

「民主社会主義者」マムダニ氏の躍進

この空気の変化を象徴するのが、11月4日のニューヨーク市長選に挑む民主党のゾーラン・マムダニ氏。クイーンズ地区選出のニューヨーク州議を務める彼は、ウガンダ生まれのインド系移民でイスラム教徒という異色の経歴の持ち主だ。自らを堂々と「民主社会主義者」と名乗り、住宅や交通費、医療など「生活コストの軽減」を前面に掲げている。

ニューヨーク市長選民主党候補のマムダニ氏
ニューヨーク市長選民主党候補のマムダニ氏
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6月の民主党予備選では、アンドリュー・クオモ元州知事を破って世間を驚かせた。さらに8月には草の根献金で100万ドル(約1億5000万円)超を調達。現職のエリック・アダムズ市長をも上回る資金力を見せつけた。

マムダニ氏の公約には、市営の食料品店設置や公共保育の拡充、バスの無料化といった「急進的」と見なされるような政策が並ぶ。ニューヨーク市民にとっては、いずれも日々の負担を減らす現実的な提案だ。

ニューヨーク・タイムズとシエナ大学の世論調査(9月初め)では、彼の支持率は46%と2位のクオモ元知事を2倍近く引き離している。14日にはニューヨーク州のキャシー・ホウクル知事も支持を表明し、民主党主流派から「お墨付き」まで手に入れた。

皮肉なのはトランプ大統領の発言だ。大統領はマムダニ氏を「共産主義者」と批判しているが、12日のテレビインタビューでは「マムダニが勝利するだろう」と予測したのだ。トランプ氏からすら実力を認められる存在になったことは、社会主義派が都市政治の「異端」から「現実的選択肢」へ昇格したことを示している。

“指導者不在”の民主党は…

こうした動きはマムダニ氏に限らない。民主党進歩派の旗手、アレクサンドリア・オカシオコルテス(AOC)下院議員の勢いも止まらない。

アレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員
アレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員

彼女は今年第1四半期だけで約960万ドル(約14億4000万円)を小口献金で集め、自身の記録を更新した。しかも寄付者の6割以上が初めての献金者というから、草の根の広がりが伺える。AOCを次期大統領候補に推す声は静かに、しかし確実に強まっている。

その一方で、民主党の伝統的リーダー像は急速に色あせている。上院のチャック・シューマー院内総務、下院のハキーム・ジェフリーズ院内総務、そしてナンシー・ペロシ前下院議長――かつて党を支えた中道路線の重鎮たちは、世代交代の波に押されて存在感を失いつつある。バイデン政権の後継をめぐる議論もまとまらず、民主党は「指導者不在」の状態に陥っている。

オカシオコルテス氏とサンダース上院議員
オカシオコルテス氏とサンダース上院議員

そうした民主党の指導層の空白を突いているのが社会主義派だが、彼らの主張は「公平」や「格差是正」といった抽象的な理想論ではなく、「家賃」「交通費」「医療費」といった具体的な生活出費に直結している。こうした「生活コストの政治化」こそが、社会主義派の最大の武器になっている。

もちろん、全米規模ではまだ壁が厚い。共和党支持者の74%が資本主義を肯定し、社会主義に好意的なものは14%にすぎない。無党派層も資本主義支持が51%で、社会主義の38%を上回る。ニューヨーク市のような大都市では通じても、スイング・ステート(共和・民主両党が拮抗する州)でどこまで票を伸ばせるかは未知数だ。上院で最左翼とされるバーニー・サンダース議員が大統領選で2度挑んで敗れた教訓もまだ生々しい。

ニューヨーク市長選民主党候補のマムダニ氏
ニューヨーク市長選民主党候補のマムダニ氏

それでも、ギャラップの数字、マムダニの躍進、AOCの台頭は偶然ではなく、時代の潮目の変化を示す兆候のようにも思える。

かつて「アメリカは資本主義の牙城」と言われた。今その国で社会主義が真剣に議論され始めている。ニューヨーク市長選の結果次第では、民主党全体の進路を大きく変える可能性すらある。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。