労災が認められれば休業補償給付が支給され、私傷病で受けることができる傷病手当金よりも、本人が受け取れる金額が増えます。会社としては、ヨウジさんに精神疾患の既往症がないことも考慮し、労災の手続きを取りました。
また、反抗的な態度を取っていた部下に対しては、無視の事実やメール等テキストコミュニケーションの履歴を確認した上で、ヨウジさんの指導に従わないことは労働契約の債務不履行にあたると伝えました。
そして、この社員を異動させ、ヨウジさんと接点がない支店勤務を命じました。この社員は不服だったようですが、会社は人事権を行使してヨウジさんの帰る場所を確保しようとしたのです。
こうしたハラハラ・逆ハラスメントの事例はまだ多くはありませんが、いくつかの裁判により、部下から上司に対してもパワハラが成立することが示されています。
例えば、上司を中傷するビラを社内外に配布した社員の解雇を有効とした事件(注:1)や、年配の男性職員が年下の女性主任の下に配属された後、指示を無視したり大声を出すなどの威圧的言動に出るようになったため配置転換を指示した例(注:2)があります。
常識的に考えて正当な内容であれば、上司の指示に従うことは部下の「仕事」であることを理解すべきです。素直に従うことが求められていることはもっと意識されるべきと考えます。
なお、精神疾患による労災認定については、「心理的負荷による精神障害の認定基準」によって行われます。労災として申請されたすべての精神疾患が認められるわけではないことを申し添えます。
注1:日本電信電話事件(大阪地裁判平成8年7月31日)
注2:社会福祉法人蓬莱の会事件(東京高裁判平成30年1月25日)

村井真子
社会保険労務士、キャリアコンサルタント。経営学修士(MBA)。著作に『職場問題グレーゾーンのトリセツ』(アルク)、漫画原作に『御社のモメゴト それ社員に訴えられますよ?』(KADOKAWA)、監訳に『経営心理学 第2 版』(プロセス・コンサルテーション)ほか。