1945年8月9日。原爆の投下目標とされていた北九州市で、1人の学生が描いた独創的な絵画が展示され、話題を呼んでいる。
「よんまんひきのしらす」
北九州市小倉北区にある『平和のまちミュージアム』。戦前から戦中まで、当時の小倉市の旧兵器工場跡に建つ博物館だ。戦争の悲惨さと平和の尊さを伝えるこの場所では、今、戦争の記憶の継承を考える企画展が開かれている。

一見、真っ白なキャンバスにしか見えない作品「よんまんひきのしらす」。九州産業大学大学院で芸術を学ぶ池田奈々香さん(22)の作品だ。

縦約2.2メートル、横約1.6メートルの大作に近づくと、タイトル通り4万匹のシラスが描かれているのが分かる。角度によってシラスの下に薄っすらと浮かび上がる線は、かつて西日本最大級の兵器工場『小倉陸軍造兵廠』の地図だ。

池田さんの作品制作のきっかけは、2024年1月、『平和のまちミュージアム』を訪れた時に遡る。「自分の街に凄い大きな兵器工場があったことを初めて知った。それが原子爆弾の投下目標となっていたことも、ここで初めて知った。自分が幼い頃から暮らしていた街が、まさかそんなに戦争と近いところにあったということを知らなくて、凄く衝撃的だったところから始まった」と池田さんは振り返る。

シラスを食べて感じた命に着想
池田さんが、4万匹のシラスで表現したのは、『平和のまちミュージアム』が建っている場所にかつてあった旧小倉陸軍造兵廠で働いていた4万人の命。

当時、小倉陸軍造兵廠では、女性や学生も砲弾作りなどの作業に従事していた。小倉の街は、長崎に投下された原爆の第1投下目標とされていたのだ。

もし、あの日、小倉に投下されていれば、失われていたであろう4万人の命。池田さんは、自身の体験と結びつけた。

「家族旅行で、生のシラス丼を初めて口にした時、生シラスが本当に魚らしさというか、命を強く感じた。気づけてない命があるということを知り、そこが私がこれまで知らなかった造兵廠というものと、シラスの命が近いものなんじゃないかと思った」と池田さんは、シラスを使った独創的な表現の着想を得たと話す。

池田さんは2024年、大学の卒業制作として約4ヵ月間、キャンバスに向かい、4万匹のシラスを1匹1匹、丁寧に描き続けた。

2メートルを超えるキャンバスを400区画に区切り、1枠に100匹ずつ描いたという。

制作当初から指導してきた九州産業大学講師の国本泰英さんは、「大変であればあるほど、4万という数字の大きさを身をもって感じられる。池田さんは、そういうことを想定して、あの作品を描いていたので、それを存分に味わったのでは」と語る。

『平和のまちミュージアム』の学芸員の目に留まり、始まった今回の展示。池田さんは、「今後、戦争体験者がいなくなり、我々の世代が語り継いでいかなければいけない時に、体験してないことは話せないし、話したとしても何か別のものに変わってしまうんじゃないかという風に考えていて、だからこそ、記録として残っていたものを、いかに分かりやすく別の方向から伝えるかということが、1つの手になってくる」と戦争の記憶の継承について語った。
(テレビ西日本)