県内唯一のウイスキー蒸留所から生まれた新たなビジネス

富山生まれのウイスキーを世界に送り出そうと挑戦を続ける2人がいる。若鶴酒造5代目で三郎丸蒸留所マスターブレンダーの稲垣貴彦さんと、ウイスキー専門店のモルトヤマを経営する下野孔明さんだ。彼らは4年前、「ボトラーズ」と呼ばれるウイスキー会社T&T TOYAMAを立ち上げた。いよいよ最初の商品を送り出そうとしている彼らの挑戦に密着した。
日本初のジャパニーズウイスキーボトラーズが誕生

砺波市にある若鶴酒造の三郎丸蒸留所。県内で唯一ウイスキーを製造するこの蒸留所では、新商品の販売に向けたテイスティングが行われていた。

「いいじゃないですか」と話す稲垣さんと、「極端に変なものはない」と応じる下野さん。2人が立ち上げたT&T TOYAMAは、日本初のジャパニーズウイスキーのボトラーズだ。

ボトラーズとは、蒸留所がつくったウイスキーの原酒を買い付け、瓶詰し販売する業態のこと。三郎丸蒸留所で生まれたウイスキー「三郎丸」は原酒づくりも、熟成も蒸留所が行うが、ボトラーズのビジネスモデルは異なる。


「この中からリリースしていくが、より最適なタイミングを見極めて、1つ1つ毎年みながら成長を見守っている」と稲垣さんは語る。
エピソード0 - 新たな歴史の幕開け

2人が来月初めて販売するのが、兵庫と鹿児島の2カ所の蒸留所から買い付け、3年の熟成期間を経たウイスキーだ。名前はジャパニーズウイスキーの新たな歴史の幕開けという思いをこめて「エピソード0」と名付けた。
「あっという間だったような長かったような3年だったが、これはスタートに過ぎないので、ここからジャパニーズウイスキーの魅力を世界の人に知ってもらえるようなきっかけにしていきたい」と稲垣さんは期待を込める。
フランスでの挑戦


日本のウイスキーは世界で通用するのか。9月7日、2人はフランスを訪れた。フランスは、日本のウイスキーの輸出先としても上位にランクインしている。

三郎丸は2021年から輸出しているにもかかわらず、フランス南西部ボルドー市内のチェーン酒販店に商品は見当たらなかった。

「いまは消費者の財布のひもが固いので、50ユーロの壁があって、50ユーロ以上になると販売が厳しくなってくる」と現地担当者は説明する。
店内に陳列されていた「シングルモルト」と呼ばれるタイプは70ユーロ前後の商品が中心で、中には50ユーロを切るものもあった。これに対し、三郎丸は240ユーロ前後と3倍以上の価格設定。スモーキーな三郎丸のウイスキーは原料コストが高く、それを反映した販売価格が流通量を増やす上でのハードルとなっていた。
価値を伝える戦略 - ブランディングの重要性

ボルドー最大のウイスキーショップでは、稲垣さん自ら商品を売り込んだ。「こちらはアイラ&ハイランドピート。ブレンドしたものです」と説明する稲垣さん。価格を下げずに勝負するには、その価値を伝えていくしかない。

店のバイヤーは「フレッシュさを残しながらもハイランドピートのスパイシーさと素朴さも感じます。とてもいいブレンドですね」と評価したが、価格交渉になると「フランスはスコットランドにも近いので10年ものももっと手頃な価格で手に入ります。簡単なカテゴリーではないですね」と難色を示した。
「まだまだウイスキーマニアが少ない市場。そこにどうアプローチしていくかが大事。今回みたいにお店に訪問して味をみてもらうとか、ウイスキーイベントもひとつの方法だと思うが草の根的な部分で広げていく必要がある」と稲垣さんは市場開拓の難しさを実感した。

ワインツーリズムからの学び
ボルドーでは、ワイン生産の最盛期を迎えていた。シャトーランシュバージュでは、製造工程を学ぶ見学ツアーが人気を集めていた。


「めちゃめちゃ手間かかっているなぁ」と稲垣さん、「超一流でしょ」と下野さんは感心する。試飲も含めたツアー料金は約100ユーロ。製造のこだわりとワインの歴史、文化を伝えるツーリズムは、蒸留所運営のヒントになっていた。
「つくりとか伝統を知ることでより深く味わえる気がする」と稲垣さんは語る。
オランダでのお披露目 - ウイスキーマニアの反応

続いて訪れたオランダは、日本のウイスキーのヨーロッパ最大の輸出先だ。2人がヨーロッパを訪れた一番の目的は、3日間にわたって開催されるウイスキーイベント「モルトストック」への参加だった。

このイベントで日本に先駆け、T&Tのウイスキーをお披露目。「まだまだ世界で売っていくことはすごく難しいと思うが、いろんなウイスキーが熟成して出来上がっていく中で先手を打って販路を開拓したり、消費者に日本の蒸留所を知ってもらって少しずつ積み上げていかなければいけない」と下野さんは語る。


鹿児島市の御岳蒸留所から買い付け、3年熟成させたウイスキーを提供すると、参加者からは「余韻が素晴らしく、好みだわ」「いいウイスキーだけどまだ若いね。個人的にはもう少し長く熟成を待ちたいね」といった反応があった。

「エピソードゼロというのはあくまで我々の現在地。ゼロからのスタートというものをまず知っていただいてこれからどんどん成長する中で商品も成長していく、日本のウイスキー産業や蒸留所の商品も良くなっていく中で成長の過程も皆さんに楽しんでいただければいい」と下野さんは説明した。
新たな挑戦の始まり

ジャパニーズウイスキーを富山から世界へ。2人の挑戦は続く。

「ボトラーズ事業を楽しみにしていることがわかった。お客さんに満足してもらえるような製品を出していけるかがすごく大事。ここからがスタート」と稲垣さんは語った。
富山発のウイスキービジネスの未来に期待が高まる。