私たちが普段する髪を切る、ということ。
でも、発達の偏りで、とても苦手に感じる子どもたちがいる。
周囲から理解されづらいその大変さに、そっと寄り添う理容室がある。
札幌市東区にある「ヘアーサロン中川」。
56年間、地域に愛される理容室だ。
美容師の中川紫乃さん(48)。
3年前から、ある取り組みを始めた。
小学5年生の樋渡悠くん。
実は髪を切るのがちょっと苦手。
ADHDという発達障がいがある。
気が散りやすく、じっと座っていることがとても苦手だ。
これまでは家でお母さんが長い時間をかけて切っていた。
「私が髪を切るたびに風邪をひいてたんですね。長いことお風呂場で切るので、自分で切るのももう限界かなと」(悠くんの母・樋渡裕美さん)

でも、この理容室ではなんだか楽しそう。
中川さんは発達障がいがある子のヘアカットを積極的に受け入れている。
悠くん、カット中もカメラが気になったら触ったり。
シャンプーが始まったら水遊びを始めたり。
発達障がいがある子はほかのお店では「動く」「騒ぐ」などと言われて断られてしまうこともある。

中川さんは悠くんの興味に付き合う。
今度は切った後の髪の毛が気になるみたい。
「自分のやりたいことは、なるべく危なくならないことならやらせてあげます」(ヘアーサロン中川 中川紫乃さん)
途中で何があっても粘り強く続ける。

こうした取り組みは「発達凸凹さんヘアカット」として、全国26の理容室が参加している。
親子そろって安心してヘアカットできた。
初めは不安だったという中川さん。
大切にしているのは、髪を切ってスッキリしてほしいという気持ちだ。
「きちっとした髪型作ってあげなきゃいけないとか、ちゃんとした場所でやらなきゃいけないみたいな固定観念があったから。それを取り払えば何もできるんだなって気づいたんで、それからは私もできるかもと思い、取り組むようになったんですよね」(ヘアーサロン中川 中川さん)

専門家は、発達に偏りがある子どもの中には、散髪に関わるさまざまなことを苦痛に感じる場合があるという。
「感覚の過敏を持っているお子さんについては、首にケープを巻かれて気になるとか、私たちにとってはザラザラするなっていう感覚でも、痛さとして感じてしまうお子さんも中にはいる」
「自閉スペクトラム症をお持ちのお子さんは、新規場面を非常に怖がることかありますね」(いずれも北海道文教大学 木谷岐子教授)

中川さんのお店に、この日新しい子どもが来る。
「はじめてくる7歳の男の子としか聞いていないんだけど、来てみて会ってみてという感じ」(ヘアーサロン中川 中川さん)
小学1年生の阿部楓也くん。
軽度の知的障害とADHDなどがあり、髪を切るのが苦手だ。
最後に切ったのは半年前。
「1回だけ普通のところで切ったことあるんだけど。そのときはパパに抱っこであやしながら」(楓也くんの母・阿部瑞希さん)

はじめての利用者には特性や苦手なことなどを記入してもらう。
さらに、しっかり向き合うために1時間お店を貸し切りにする。
長くなった髪にはさみが入る。
「すごいじゃん」(中川さん)
中川さんは、目いっぱい楓也くんを褒める。
続いて初めてのバリカンにも挑戦。
音に驚くことがないよう、少しずつ慣れてもらう。
「音楽みたいに聞こえる」(楓也くん)
「こんなにできるなんて聞いてないよ」(楓也くんの母)
「この長さは4年ぶりくらいだよね」 「立派になったね、すっきりしたね」(いずれも楓也くんの父・阿部淳一さん)

この日来たのは清水瑛斗くん、4歳。
自閉スペクトラム症などがある。
半年前から通っていて、今ではカットもひとりでできる。
この日は首に巻くクロスに初めて挑戦。
「できたー」「すごいじゃん」(中川さん)
でも、途中から弟につられて泣いてしまう。
それでも頑張って最後までカットできた。
「今日はここまで頑張ろうとか、目標も本人に伝えながら」(瑛斗くんの母・清水百香さん)
瑛斗くん、最後まで頑張った。

頑張っているのは苦手な理容室だけではない。
家ではお母さん手作りのカードを使って、自分の気持ちを伝えるトレーニングをしている。
「パパ、ポテチちょうだい」(瑛斗くん)
「物の名前でしか言えなかったのが、『何々ちょうだい』まで言えるようになった」(瑛斗くんの母)
瑛斗くんのペースで一歩ずつ。

親子に向き合う、中川さんが願うこと。
「社会性とかをうちのヘアサロンで身につけてもらうというか、第一歩として踏み出せるような場所になってくれたらいいなと感じているので。カットできたことで自信がついて、次のこともできる、みたいな。そういうお店になれたらと思ってます」(ヘアーサロン中川 中川さん)
来た時より、髪も心もちょっと軽くなる。
そんな場所でありたいと願っている。
