シリーズ「岐路に立つ書店」は第7弾。昔ながらの風情を残す「町の本屋さん」がなぜ同じ商店街に3軒も集中し存在してきたのか!?「造船の島」で長年育まれてきた温もりに迫りました。
瀬戸内海に浮かぶ尾道市因島。
古くから「造船の島」として栄えてきた商店街は、長年「町の本屋さん」が3軒存在し「物語」を紡いできた。
フェリー乗り場のすぐ近くにある「せとうち書房」
【店を訪れた客】
「あんた生きとんね」
やってくる常連客の目当ては「本を買う」というよりも… 店主・小野ひとみさんとの憩いの時間にある。
【常連客】「細かいことに気が付くどっちかと言えば女房みたいなもんじゃ」
【せとうち書房・小野ひとみさん】「断る断る」
【常連客】「断られた!見てみ!いらんこと言うから断られたぞ!」
【常連客】「ええところよ。悪いけど俺はここしか来るところがないんよ」
全員が顔なじみ… 営業中の書店には、よく即席の「喫茶コーナー」ができる。
「みんなで飲んだら美味しいね」「美味しい美味しい」
店の外にも笑い声が聞こえる。
【せとうち書房・小野ひとみさん】「余分に持ってきたよお腹空いたじゃろ」
【常連客】「こんなことをしていたら本屋さんみたいじゃないでしょう」
せとうち書房は1969年、本が大好きだった夫・明敏さんが結婚後に始めた。
ところが、明敏さんは50代半ばで病に倒れ、再び店に戻ることはなかった。
【せとうち書房・小野ひとみさん】
「主人がおったときは主人が全部していたから私お金の面も何もしていないんです」「雰囲気としたら続けてほしいという雰囲気をすごく出していたから守らないとあかんなと思って」
1人で奮闘していた小野さんをボランティアとして20年以上支えてきたのが「はまちゃん」こと濱田国男さん。元々、客の一人だった。
【濱田国男さん】
「(御礼は)ご飯です。3度3度の」
「することがなかったのをここで手伝っているから一応それはそれでよかったと思っています」
自宅兼店舗のため島の人口が減っても借金はなくなんとか書店を続けてこられた。
ただ、年齢による衰えは隠せくなってきた。
【せとうち書房・小野ひとみさん】
「閉めたら困るよと言ってくれる人もいるしどこに買いに行ったらいいのと言ってくれる人もいるし色々ありますねでも、もう限界ですね」
「もう赤字じゃしダメですね。年だし。一番に年です」
戦後、空前の好景気に湧き「造船の島」として栄えてきた因島南部の土生商店街。
多いときは人の流れに逆らって歩けないほどにぎわったという。
【因島書房・楠見剛さん】
「造船で色んな人が働きにきて島の中で時間をもてあましたら本が読みたいということで」「本を仕入れて並べて販売したのがきっかけと聞いていますのでそれだけ島の人は読書が好きなんじゃないですかね」
全国の書店が次々と姿を消す中土生商店街は当時の勢いを示すように今も「町の本屋さん」が「3軒」も踏ん張っている。
【自転車での配達風景】
「ちょっとこれだけは行っておくので」
因島書房の2代目楠見剛さん。時代と共に店をふらっと立ち寄る客は減った…
【因島書房・楠見剛さん】「こんにちは、お世話になります本の集金に来たんですけれども」
【配達先の美容室は】「本屋さんいるよね」「本もたくさん買ったね」
【因島書房・楠見剛さん】「お孫さんもねたくさん買ってもらって」
【配達先美容室は】「因島もちょっとあれじゃけど頑張りましょう」
今はなじみ客の本の取り置きと配達による売り上げが6割以上を占める。
【因島書房・楠見剛さん】「若いときは稼ぎや給料に目を向けがちだったんですけれども最近はお金や給料の宝よりも人の宝かなと思いましたね」「今思い出したんですけど結婚した嫁さん本屋のお客さんが近所にこういった子がいるんですよと話を聞いてそこからお付き合いが始まったんですよ」「もしかして本を売ることによってかけがえのないものをいただいていたかもわからんですよ」
単純な利益だけでは図れない存在意義がある…そう信じてきた。
【因島書房・楠見剛さん】「(配達先に)犬がいるんですよ当初人が来たら吠える犬だったんですけれどもいまは僕が行ってもねたぶん吠えないですよ」「結構長く通ったから犬もわかってくれたんかなと思ったり」
【因島書房・楠見剛さん】「吠えないでしょう僕と2人だったら」
地道な仕事の積み重ねを「人」だけでなく「犬」も見ている。
3軒ある書店のうちもっとも古いのが興文館書店だ。
【興文館書店・楠見敏樹さん】「ちょっと止めようかトラブルです」
商店街全体を盛り上げようと積極的に本以外のことにも挑戦する。
【興文館書店・楠見敏樹さん】「結構無理はするんですけど頑張ってやっています」「本を一冊でも多く売って…とはそんなに考えていないんですよ商店街が盛り上がったらなと思って」
「興文館書店」の3代目・楠見敏樹さんは東日本大震災を機に横浜の会社をやめ因島に戻ってきた。
【興文館書店・楠見敏樹さん】「与えられた環境の中で興文館書店としてはどうしていこうかなという感じなんですよそういう風に考えるのが好きというかポジティブじゃないと埋まってきそうな感じがするんで」
書店の跡取りとして生まれたが、因島に帰ってくるまで自分から本を手にとることはなかった。
【興文館書店・楠見敏樹さん】「実は私ね本屋さんなんですけど活字がすごく苦手なんですね(そうなんですか)そうなんですよ」「自分なら何ができるかなとずっとそればかり考えていたんですよ。本を読んでこんなところがいいよというのができないので」
本の知識に劣等感を持っているからこそ人一倍、客の声と表情を敏感に読みとってきた。
【興文館書店・楠見敏樹さん】「こんにちは。790円ですね」
【配達先の写真店は】「孫がどこの高校行くかという話をしていたときに直近の高校進学の情報が得られたんです。楠見さんを通してすごく参考にさせていただきました」
【興文館書店・楠見敏樹さん】「いま大学1年生です」
【配達先の写真店】「また教えてください」
「シングルファーザー」として育ててきた娘はこの春、岡山県内の大学に進学した。
1人になって考えることがある。
【興文館書店・楠見敏樹さん】「(中学生のとき)やりたいみたいなことはスピーチで言っていました」「娘がやりたいとなったとき娘でもできるような仕組みにして『はいどうぞ』と渡したいなと思って」
先月下旬、土生商店街は人であふれていた。
【興文館書店・楠見敏樹さん】「ずっと続いてほしいですね」「自分にできることはいいなと思うことはちょっとずつでもやっていきたいと思います」
同じ空を「せとうち書房」の小野ひとみさんも見上げていた。
【せとうち書房・小野ひとみさん】「昔を思い出します」「感動しました」
今月、店で懐かしい「再会」があった。
【約50年ぶりに来店した客】
「懐かしくてきました子どものときおじいちゃんおばあちゃんが小児科医院をやっていまして」「分かります?」「え!どうしよう…」
子どものころせとうち書房で本を買っていたという人が東京からわざわざ訪ねに来た。
【約50年ぶりに来店した客】「ずっとここ1カ月夏休みを過ごしてこちらで本をつけで買わせていただいておばあちゃんが頼んでくれていつも好きな本を弟と一緒にここで持って帰って読んですごく懐かしくて嬉しいです」
【せとうち書房・小野ひとみさん】「涙出る」
実に半世紀ぶりの「来店」だった。
【せとうち書房・小野ひとみさん】「向こうも泣きそうになって私も泣きそうになってね懐かしくてね」「時々そんなお客さんはいるんですよだからやっていてよかったなということはあります」
このままどこまで続けられるだろうか。
「造船の島」の商店街に残る3軒の「町の本屋さん」。
時代が変わっても本を売るだけではない「温もり」は今も昔も、変わらず人々の心を包み込んでいる。