夏に相次ぐ水の事故。筆者(フジテレビアナウンサー・上垣皓太朗)は週末の番組のお天気キャスターをつとめているので、急な川の増水による事故を1件でも減らしたいと、毎週のように「山や川のレジャーでは、お天気の急変に注意してください」と呼びかけている。
とはいえ水の事故の原因は、天気の急変だけではない。川の水位が普段と変わらないのに、溺れて死亡する事故があとを絶たない。

水の危険性を具体的に伝えるため実際に川に行って取材を行った。今回は公益財団法人河川財団 河川・水教育センターの菅原一成上席研究員に同行してもらった。菅原さんによると、川で注意が必要なのは、「深さ」の危険と流れの「速さ」の危険だという。
川遊びにライフジャケットは必須
向かったのは、東京・青梅市にある多摩川上流の広い河原。
平日でも、何組かの人たちが遊びに来ている。

「来週バーベキューするよ、川遊びしよう」と家族や友達と行く川って、だいたいこんな感じ…といえばいいだろうか。山沿いの多摩川は、いわば何の変哲もないように見える川だ。流れもそんなに速いようには思えない。
この日は増水もしておらず、ヤマメ釣りの常連さんに聞いても「いつもより穏やか」とのこと。たとえ水着をもってきていなくても、バーベキューの流れでちゃぷちゃぷ膝ぐらいまで川に入って遊ぶ…そんな光景が自然と浮かんだ。
しかし、菅原さんの見解は違う。
「川遊びにライフジャケットは必須」だというのだ。

えっ?水着どころか、ライフジャケット?海でもないのに、ライフジャケットが必須とは。
菅原さんによると、川の中には急に深くなっているところがあり、足が川底に届かないまま川岸に戻れなくなり、事故に至ることがあるという。
川の「深さ」の危険への対策として、呼吸を確保してくれるライフジャケットは絶対に必要なのだ。
“川の深み”の恐ろしさを体験
実際に川に入ってみる。くるぶしがひんやりと気持ちいい。この日も朝から30度超え。
暑さから解放されたくて、もっともっと深いところまで進みたくなる。

川は透明度が高く、2~3メートル先までは浅瀬が続き、その先は少しぼやけていた。あのぼやけた辺りが「深み」だな、と当たりをつけ、ひとまず浅瀬の終わるあたりまで行くことにした。
ところが、一歩一歩進んでいると、川岸からわずか1.5メートルのところで急に深くなった。思っていたよりずいぶん手前だ。足がつかない!

川底には大きくて丸い滑りやすい石ばかりで、ぎりぎり届きそうな足も、まったく踏みこめない。焦っているうちに流されはじめた。顔の下まで浸かっているので、体の大部分の面積で水流のパワーを受けて、押し流される。
こんなにすぐに流されるとは。

身をもってその恐ろしさを体感した。今回は万全の安全対策のもと体験し、実際にすぐに川から上がれたが、もしそうでなければどこまで流されていたのか。「深いのに浅く見える場所」があるなんて。
そして、もしライフジャケットを着ていなかったら、一気に全身が浸かり、水を飲んでいたかもしれない。そうなれば呼吸も確保できず、死のリスクが頭をよぎる。

繰り返すが、透き通ったおだやかな川の、一見浅瀬に見える場所である。その場所に、「深さ」の危険があり、潜在的な死のリスクがあることが身にしみた。体格の小さい子どもであれば、なおさらだ。

菅原さんは、海用のライフジャケットとは別に、川用のライフジャケットがあることを教えてくれた。川には、水流などの点で海とは異なるリスクがある。青梅の河原でも、川遊びにライフジャケットを持ってきている人はまだまだ少数派だったが、「川遊びにはライフジャケット」が常識になる夏が来ることを願う。
流されたら「ラッコのポーズ」
菅原さんは、川の「深さ」の危険とあわせて、「速さ」の危険を指摘する。
どこも同じ速度で流れているように見える川だが、実はそうではない。曲がりくねった場所や、河原がせり出している場所など、川のまわりの地形は変化に富んでいる。菅原さんが指さした場所は、よく見ると川幅がせまくなっていて水が集中し、流れが急に高速になっていた。

もし、こうした速い流れに巻き込まれたら、どうすればいいのか。菅原さんに実演してもらった。
菅原さんが速い速度で流されていくのを間近で見る。安全対策を徹底した状況でなければ、とても危険だ。視界の右から左へ、大人の身体が瞬時に流されていく様子に心底おののいた。
菅原さんは、流され始めた直後からあるポーズをとっていた。漂流姿勢、別名「ラッコのポーズ」。ポイントは2つ。

(1)「つまさきを上に向ける」…足を下流側に向けて、つまさきはピンと直立させる。これは、岩や石などの障害物から身を守るため。
(2)「顔は正面に」…上を向かず、顔は正面に。つまり、自分がこれから流されていく下流の方向を見る。前にある岩や石などの障害物を回避しやすい上、川岸や浅瀬も探しやすい。
たしかにラッコに似ている「ラッコのポーズ」。菅原さんは、ラッコのポーズで流されながら前方を確かめ、速度がやや落ち着いたところで流れを脱出して岸まで泳いでいた。

つまさきを上に向けるのも、顔を正面に向けるのも、岩や石に激突するのを防ぐ意味があることに身震いする。川の中の障害物に高速でぶつかれば、惨事になることが想像される。
しかし、川に流されているとき、思わず焦って立ち上がろうとする人もいるのではないか。「つまさきを上に」「顔を正面に」というのは、ある意味、直感に反する。気が動転しているときにその場で判断しての思いつきでできることではない。
川遊びの前に確認しておきたい。
楽しい川遊びのために万全の備えを
川は公共のもので、だれもが自由に利用できる「自由使用」の原則がある。だからこそ、川での水の事故をなくすには、利用者ひとりひとりの認識と判断が重要になる。
4時間ほどの体験取材を終えて、私は菅原さんに尋ねた。

「川の流れ、朝来たときよりも速くなっていませんか?」
菅原さんの答えは「いや、変わっていないと思います」。国土交通省のサイト「川の防災情報」で水位をチェックしても、朝とまったく変わっていなかった。
水かさが増して速くなったわけでもないのに、速くなったと勘違いした理由。
もしかしたら…取材を通して、私自身の川の脅威を感じ取る感覚が研ぎ澄まされ、速くなったように見えたのか。

多摩川の水面を、一枚の葉っぱがゆったりと流れていく。そののどかな光景の背後に、人ひとりが簡単に流されてしまう「深さ」と「速さ」の危険があることを、読み取れるようになったのかもしれない。
ふだん平野部の都市に住んでいて、夏のレジャーで年に1回山沿いの川を訪れるような人にとって、川の危険を知る機会はあまりないと思う。だからこそ、これからも「実際に体験しないとわからないこと」をお伝えしつづけたい。
水の事故ゼロへ。楽しい川遊びのために、万全の備えをお願いします。