江戸時代から生産されている“遠州織物”。その品質や風合いの良さは高い評価を得ている一方、一般にはあまり知られていない。
日本三大綿織物産地の「遠州織物」
2025年6月、静岡県浜松市で開かれたアパレルブランドの販売会。
売り場に並べられているのは“遠州織物”を使った天然素材の商品だ。

大阪の泉州、愛知の三河と並んで、日本三大綿織物産地として知られる静岡県西部の遠州地域。
この地域で江戸時代から生産される“遠州織物”は高級シャツの生地として高い評価を得ている。

「軽くてやわらかくてしなやか。着ている感覚がないくらいの気持ち良さがあり、丈夫で長持ちする。なぜそんな生地が生まれるかというと、昔の機械で織られているから」と“遠州織物”の特徴を説明するのは販売会を主催したHUIS・松下昌樹 社長(45)だ。
“遠州織物”を生み出すのはシャトル織機と呼ばれる今では入手困難な古い機械。
現在主流となっている高速で生地を仕上げる機械とは違い、職人による手作業の工程も多く手間はかかるものの、その分、丈夫で自然なしわ感のある生地を織りなす。
地元でも低い認知度に歯がゆい思い
「育てる生地」として人気を集める一方、地元に暮らしながらも遠州織物について詳しく知らない人が多いことも事実だ。

松下さんはかつて浜松市役所に勤めていて、産業振興に関わる中で遠州織物の存在を知ると、すっかりその魅力にとりつかれてしまったという。
そして、海外の有名なブランドも使っている生地の素晴らしさを多くの人に伝えたいという思いから市役所を辞め、10年前に“遠州織物”を使ったオリジナルのアパレルブランド・HUISを立ち上げた。

「とにかくすごい人がいる、すごい技術があって、すごい生地(遠州織物)が作られている、ということを地元の人に知ってもらいたい」
これまでは主にインターネットで商品を販売してきたが、着心地の良さはもちろんデザイン性の高さが評判を呼び今回初めて常設の売り場を設けた。

「着心地の良さとユニセックスなので妻とも共有できるのが気に入っている」と話す男性客や「ネットだと試着ができないので(常設店は)いいと思う」と答える女性客が訪れるなど評判は上々だ。
老舗メーカーの技術と伝統が支える
浜松市中央区にある創業97年の古橋織布は老舗メーカーとしていまも遠州織物産業をけん引している。

古橋織布の古橋佳織理 社長は「シャトル織機は20台保有している。40~50年前に作られていまは製造されていないビンテージの機械を大事にメンテナンスしながら使い続けている」と話す。
ただ、1970年代には1000軒以上あった製造業者も現在は30軒ほどにまで減少。
古橋織布でも若手の雇用を積極的に進めてきたが、遠州織物の知名度の低さは悩みの種で、「これだけすごい織物を織っているが、なかなか地元で認知されていないのは、寂しいというかいたたまれない状況だった」と口にする古橋社長は「織る前の縦糸の準備工程業者などが、どこもかしこも70代・80代で跡継ぎや後継者がいない、若手も雇用していない」と遠州織物を取り巻く環境に危機感を抱いていた。

職人の思いも紡ぐ商品を
こうした中、松下さんの奮闘もあって徐々に認知されるようになり、今では遠州織物に携わりたいという声が増えるなど明るい兆しも見え始めている。

「私たちは織るのが専門で、最終製品を作って販売まではなかなか手が届かない状況の中で遠州織物やシャトル織機というものづくりの特徴を私たちの代わりに伝えてくれて、これだけ認知度も上がってきたのは心強いパートナーだと思っている」と古橋社長は松下さんに絶大な信頼を寄せる。

「『浜松ってすごいんだよ』『遠州織物って聞いたことある?』と間違いなく自慢ができることなので、地元の若者や子供たちにも誇りを受け継いでいって欲しい」と話す松下さんもその信頼に応え続ける覚悟だ。
150年以上の長い歴史を持つ遠州織物。
伝統を絶やさないためにも松下さんはこれからも職人の思いも紡いだ商品を手がけていく。
(テレビ静岡)