「ワインで故郷を盛り上げたい」——その思いを胸に、東日本大震災を原点として歩み続けてきた岩手県陸前高田市の及川恭平さん(33)。自ら育てたブドウで自身初の白ワインを完成させた。地域の風土や人をつなぐ存在として、ワインに未来を託す挑戦を追った。
初めての白ワイン完成
陸前高田市の畑で収穫されたブドウを使い、初めて仕込まれた白ワイン「満ちていく」が、2025年8月に約100本造られた。
製造を手掛けたのは地元出身の及川恭平さん(33)だ。「ワインの魅力はその町の人や文化、インフラを反映するもの。さまざまな産業の点と点を結ぶハブになり得る」と話す。
及川さんは5年前から耕作放棄地を借り集め、約7500坪の畑でブドウを栽培している。
この時期は草刈りや不要な芽を摘み取る作業に追われており、「上に伸びていくものは残し、下向きに生えているものや幹に生えた芽を取っていく」と説明する。
東日本大震災が原点
及川さんの地元・陸前高田市は東日本大震災の津波で大きな被害を受けた。
当時高校生だった及川さんは、自宅や家族は無事だったものの、街の景色が一変したことで、人生について考えさせられたという。
「受験勉強というより、どうやって生きるか。自分が残された意味は何だろうか。それが原点になっている」と振り返る。
将来、地元に根付く産業をつくりたいと考えた及川さんは、関東の大学に進学し食について学んだ。
その中で、比較的温暖で水はけのよい陸前高田の地質がブドウ栽培に適していると考え、ワイン造りを志すようになった。
大学卒業後はワイン専門商社やフランスのワイナリーで経験を積み、2020年に地元へ戻って栽培を始めた。
「農地を貸してもらったり譲ってもらったりしながら、初期投資でも苦労したが、多くの人の支えでここまで来られた」と話す。
自身は果実酒の製造免許を持たないため、醸造は県外のワイナリーに委託しているが、Uターンから5年目の2025年、初のワイン完成にこぎつけた。
地域連携の取り組み
及川さんは交流人口を増やし産業を盛り上げようと、これまでに地元の飲食店や漁師と連携し、ワインと食、自然を楽しむツアーを10回企画し、延べ200人が参加している。
市内のすし店「鮨まつ田」もツアーの訪問先のひとつで、地元の魚とワインのペアリングが好評を博したという。
及川さんは「自分の造っているワインは、高田で造ると塩気、ミネラル感が付与される。魚介の中でも貝と合わせやすい」と話す。
店主の松田光代さんも「陸前高田の風土を生かしたワイン。すしと合わせて色々やっていきたい」と期待を寄せる。
「ワイン特区」に認定
2026年3月、陸前高田市は国の「ワイン特区」に認定された。
果実酒製造免許の基準が緩和され、小規模事業者でも参入しやすくなる制度で、及川さんが数年前から市に働きかけていた。岩手県沿岸では初の認定となる。
及川さんは現在、元そば店の建物を借り改修工事を行い、醸造所の開設準備を進めている。
「多くの人の協力を得て、4年5年かけて実現した。ワイン特区でもっと陸前高田が果樹の産地だと認知が広まってもらえれば」と話す。
醸造所完成後に酒造免許を申請し、2027年2月には地元のブドウを使ったワインの仕込みを始める見込みだ。
及川恭平さん:
ワインづくりを通して関わる人が増え、陸前高田が通過する町ではなく滞在して面白い、もっと居たいと思える町になれば。
及川さんの「地元で完結するワイン造り」に向けた挑戦が続いている。
陸前高田の未来に新たな実りをもたらそうとしている。
