物語を乗せて走る 移動図書館
静かな街路を走るバスのような車。その車体の中には本の世界がぎっしりと詰まっている。沖縄県糸満市の移動図書館「くろしお号」は本を届けるだけでなく、地域の人々の心をつなぐ小さな文化の拠点となっている。

約3,000冊の出会いを積んで
全国的に本屋や図書館へのアクセスが難しい地域が増えるなか、糸満市では3,000冊あまりの蔵書を積んだ「くろしお号」が市内25か所を2週間ごとのサイクルで巡回し本との出会いを求める人々のもとへと向かう。

運営に携わる宮里且江(かつえ)さんは25年以上のベテランスタッフ。巡回では季節や時事に合わせて本を並べ替える工夫を重ねる。虫歯予防デーにちなんだ特集コーナーや表紙が見えるようにした陳列はまるで小さな書店のような温かみを感じさせる。
「私たちは本館(糸満市立中央図書館)との橋渡しをしている存在です。くろしお号は図書館に行けない人たちが初めて本と触れ合うきっかけになるんです」と宮里さんは語る。

子どもたちの歓声が響く校庭
兼城(かねぐすく)小学校では「くろしお号」の到着を待ちわびた子どもたちが校庭を駆け出す。青空の下、思い思いに本を手に取りページをめくる子どもたち。学校の図書館にはない本との出会いがある──くろしお号は特別な存在だ。
「学校の図書館では4冊しか借りられないけど、くろしお号では10冊も借りられる」と声を弾ませる子どもたち。その日だけで150冊の本が借りられた。

一方、武富ハイツ自治会館では高齢の住民たちが雨の中でも傘を差して集まっていた。中央図書館までは片道20分以上かかるため、足を運ぶのが難しい人も多い。
「ここに来ればゆんたく(おしゃべり)もできるさ」と、顔なじみとの会話に花が咲く──くろしお号は本を通じて地域のつながりを深めることにも一役買っている。

家族の時間を彩る本たち
初めてくろしお号を利用した小学3年生の旭くんは、お姉さんが好きそうな絵本と、おばけの物語を選んだ。母親は「移動図書館で借りた本を通して、子どもの“今の興味”が分かるんです」と話す。
学校からは年に一度、借りた本のリストが届くだけだが、くろしお号の本は親子の会話を生むリアルな“ツール”になる。「どんな本が好きなの?」から始まる対話が家庭の中に読書の時間を根づかせている。

海を越えて、夢を届ける
現在のくろしお号は3代目。初代は1991年に導入され、2代目は11年間の役目を終えた後、遠く南アフリカ共和国に寄贈された。お別れのセレモニーでは「知識を届け、夢を育てる存在として、異国の地でも誰かの心を豊かにしてほしい」と見送られた。

国境も文化も超えて、人と人をつなぎ続ける「くろしお号」は今日も糸満の街角で本と人とを出会わせる特別な存在として走り続けている。
(沖縄テレビ)