大空をゆったりと漂う熱気球。その操縦ライセンスを、高校生のうちに取得しようと挑戦を続ける18歳がいる。鹿屋市に住む矢野浩輝さん(鹿屋高校3年)だ。きっかけは、幼い頃から見慣れていた近所のガソリンスタンドの気球型看板。1歳頃から気球に反応していたという少年は今、週末ごとに宮崎県都城市まで通い、夜明けとともに訓練を重ねている。「気球っていいな」——その一言に、18歳の純粋な情熱が凝縮されている。
夜明けとともに始まる訓練
午前6時過ぎ。空がうっすらと明るくなり始めた頃、矢野さんの気球操縦訓練はスタートする。「3分から3分半で、東風が来て」——つぶやく声に、集中力がにじむ。

矢野さんが目指すのは、気球操縦のライセンス取得とバルーン競技大会への出場だ。バルーン競技とは、上空から地上の的に「マーカー」と呼ばれる砂袋を投下し、中心からの距離の短さでスコアを競う競技である。世界大会も開かれており、高度によって変わる風の向きを読みながら、いかに正確に目標へ近づけるかが勝負の鍵を握る。

矢野さんが所属するのは、宮崎を拠点に活動する熱気球チーム「薩摩大志」。代表の髙崎正風さんは徳之島出身で、宮崎大学気球部のOBだ。矢野さんは自宅から1時間かけて都城市へ通い、週末ごとに髙崎さんの指導を受けている。訓練のたびに1時間以上のフィードバックを受けるという密度の濃い練習が、矢野さんの技術を着実に磨いている。

原点は、近所のガソリンスタンドの看板
なぜ、気球だったのか。その答えは、意外なほど身近な場所にあった。
鹿屋市内を取材すると、矢野さんが幼い頃から目にしてきたガソリンスタンドの気球型案内看板が現れた。矢野さんは振り返る。「フォルムとか色のカラフルさ、ファンタジーさに引かれたのを覚えています」。

さらに、自宅には好奇心の強さを裏付ける記録が残っていた。2歳頃のビデオには、幼い矢野さんが「ききゅうー」と声を上げる姿が映っている。母・洋子さんによると、矢野さんは1歳頃から気球に反応し始めていたという。部屋には手作りの気球の模型がずらりと並ぶ。洋子さんは目を細めながら語る。「ファンタジーを感じていたのかな。ずっと推し活が続いている」。

「机に気球の絵ばかり」——軽音仲間も認める「気球愛」
鹿屋高校で矢野さんが所属するのは軽音楽部「AtoZ」。担当はベースだ。しかし週末の練習に来られないことも多く、バンドの仲間たちはその理由を十分すぎるほど知っている。

「練習これない時もあって、『今頃気球飛んでるのかな』と考えながら練習しています」「今人生の中で大切にしているのが気球。それを語ってるときは楽しそうだなって」「同じクラスなんですけど、机に気球の絵ばっかり書いてて、一目で矢野の机だなって分かります」——メンバーの言葉が、矢野さんの「気球愛」の深さを如実に物語っている。

「街が小さく見えて、夢を見ているような感じ」
初めて気球で空を飛んだ瞬間はどうだったか。矢野さんは目を輝かせながら答えた。「街が小さく見えて、すごくミニチュアみたいで、車とか人とか小さくて夢を見ているような感じ」。

訓練は決して単純ではない。「計器ばっかり見ない。外を見て上がっているのか下がっているのか感覚を掴みながら計器でチェック」と髙崎さんから繰り返し指導を受ける。この日は近くで別の気球も飛んでいたため、その動きにも注意を払いながらの飛行となった。「2300フィート(約701m)。CLP(目的地)やや南に越えたあたりで南西の風に」——無線から流れる矢野さんの声は、訓練を重ねるごとに落ち着きを増している。気球の動きは地上でもチームメンバーがサポートしており、チーム全体で矢野さんの成長を支えている。
わずか14人——高校生ライセンス取得
矢野さんはすでに筆記試験を終えており、残るは実技試験のみだ。しかし、その道のりは険しい。日本気球連盟によると、現在国内のライセンス取得者は約1200人。そのうち18歳以下でライセンスを取得した人はわずか14人に過ぎない。

矢野さんが操縦訓練を始めたのは2025年5月のこと。現在、2027年3月までに実技試験に挑戦し、高校生のうちにライセンスを取得することを目標に掲げている。「大学生になる前には(ライセンスを)とって、『パイロットが入学してきたんだけど』というのが理想」——その言葉には、照れと自信が混ざり合っている。

指導者の髙崎さんも、矢野さんの存在をチームへの刺激として受け止めている。「高校生が入ってきたことで、我々も薩摩大志のチームとしても良い刺激となっているので相乗効果が発揮されている。気球を知らない高校生のできないことをどんどんやっていって欲しい」。

18歳の夢は、世界へ
矢野さんの視線は、すでに国内を超えている。バルーン競技には世界大会があり、将来的にはその舞台に立つことが矢野さんの夢だ。鹿屋市の片隅で見上げた気球型看板から始まった「推し活」は、今や本物の操縦技術と世界への志へと育っている。

「気球っていいな」——この一言こそが、矢野浩輝という18歳の原動力であり、今朝も夜明けの空へ飛び立つ理由である。週末の都城の空に、鹿屋の少年が操る気球が静かに舞い上がる。その膨らみは、夢の大きさそのものだ。
【動画で見る▶憧れの気球で大空へ ライセンス取得を目指す高校生の挑戦 世界大会を目指して【鹿児島】 】
