なりたい自分になるには
私が思うに、アテンションエコノミーが支配的な環境では、ただ待っているだけで欲望の源が激流のように流れてくるのだろう。
まるで腸詰に詰め込まれる挽き肉のように、あるいはフォアグラのために肥え太らされるガチョウの餌(えさ)のように、私たちの中に欲望の素が絶え間なく流し込まれているかのようだ。
欲望を抱くこと自体は悪いことではないし、欲望がそうした他人とのコミュニケーションなしには生まれなかったとしても、達成可能な範囲を超えた欲望は、結果として本人を苛(さいな)むことになるだろう。
なりたい自分を目指すということは全くもって悪いことではない。望ましいとさえ言えよう。ただそれは、SNSでバズることではないはずだ。皆がいいねをたくさん押したに過ぎない、どこの誰だかよくわからん人に憧れてもしょうもないではないか。
すぐに稼げる方法なんてものはないし、仮にあっても、SNSで簡単に手に入ったりはしない。そうしたかりそめの欲望に踊らされ、アテンションエコノミーに大事な時間を溶かされ続けるよりも、もっとやるべきことがあるのではないか。
だからこそ、なりたい自分を目指すにしても、現実の世界においては、男性神話的に障害に挑戦し、克服する力を得られるよう努力すべきだ。タイムラインをながめていても、突然あなたのもとに魔法使いが現れるようなことはない。

山田尚史
開成中学校・高等学校を卒業後、東京大学理科一類から工学部に進学、松尾研究室でAI技術を学ぶ。2011年、ソシデア知的財産事務所に入所。12年、株式会社AppReSearch(現PKSHA Technology)を設立し、同社代表取締役に就任。21年6月よりマネックスグループ取締役、22年4月より同社取締役兼執行役。23年10月に「第22回このミステリーがすごい!大賞」大賞を『ファラオの密室』(宝島社)で受賞。