街の至る場所で前屈みになり、小刻みに震える老若男女の姿は「ゾンビ」と形容される。路上には使用済みの注射器や、薬物の取引に使われた小さなビニールの袋が散乱している。廃人状態の住民の汚物は道に垂れ流され、違法薬物の吸入によって生じた煙と混じり合った悪臭が漂う。その一方、薬物取引を生業にする売人達は至る所に跋扈し、訪問者に鋭い目を光らせている。

アメリカのペンシルベニア州フィラデルフィアのケンジントン地区は、「ゾンビタウン」とも称され、全米で最も麻薬汚染が深刻とされる場所の一つだ。第二次トランプ政権の発足を2025年1月20日に控え、不法移民の大量強制送還など、強硬な国境政策に関する公約の実現に注目が集まっている。

背景にあるのは、治安悪化への懸念と、合成麻薬「フェンタニル」の違法な流通が関係している。フェンタニル中毒による全米の死者は年間7万人以上で、トランプ氏は密輸ルートとして、メキシコと中国を名指しで批判。関税強化を公言し、徹底的な取り締まりを訴える。
「地獄」とも言われる現場では何が起きているのか、新政権はこの問題にどう取り組むのかを考察する。
足元に“注射器”…全米最大級の「ゾンビタウン」
アメリカ独立宣言が採択された場所としても知られる、ペンシルベニア州フィラデルフィア。観光客で賑わう街の中心部から車で10分ほど移動すると、ケンジントン地区に到着する。

この地区は1970年代から麻薬が蔓延し、年間で約1500億円規模の闇取引が行われていると言われている。殺人や銃撃事件も多く、全米でも特に危険な地域に指定されている。ケンジントン地区に近づくと、低所得者向けの住宅街が広がるが、落書きや破壊された車などが目に入る。

薬物中毒者とみられる人達は、ケンジントン通りと呼ばれる約1キロの高架下の大通り沿いや、その周辺に多くがたむろする。電車が通る度に、騒音で声が聞こえなくなる。商店なども営業はしているが、窓ガラスが割られるなど、どう見ても治安が良さそうには見えない。

この地域には学校も存在するが、銃を所持したセキュリティが常時警備をしていた。一方、横道に入ると教会の前には若者達がたむろし、母親と子どもの達の姿もあった。また車やバイクを大音量で乗り回すギャングとみられる人達もいて、車からでも、目が合っただけでにらみつけられる。道路では事件があったのか、警察が規制線を張っていた。
日中から堂々と麻薬を吸入…警察は何も出来ず
ケンジントン地区を歩くと、中心部に近づくに従い路上に“ゾンビ化”した薬物中毒者の姿が増えてくる。地下道では汚物などが垂れ流され、薬物の吸引する際の煙と混じり合った悪臭が広がる。路上はゴミだらけで、使用済みの注射器や薬物取引に使われる小さなビニール袋も散乱している。よく見ると、注射器も袋も全て同じ形状だ。規格が統一されているのだろうか。

薬物中毒者は日中でも堂々と麻薬を使用して、自分の世界に没頭していた。声をかけてもうつろな様子でやりとりはかみ合わない。その周辺には売人やギャングとみられる人たちもたむろしていて、近づけば怒鳴り散らされるか、モノを投げつけ追い払われる。かなり危険な雰囲気を感じる。

警察官は日中も夜も、常時複数人で見回りをしていて、時折声をかけたりしているものの、明らかに薬物中毒で危険な状況に見える人たちは放置しているのが現状だ。

中毒者が多すぎて取り締まりに限界があるため、あえてこの地域に中毒者を集中させた方が、他の地域に分散されるよりも管理がしやすいとも言われている。
ゾンビ化の原因は「フェンタニル」
この地域では大麻やコカイン、ヘロインなど薬物は何でも手に入ると言われているが、ゾンビ化の原因としては、特に「フェンタニル」と呼ばれる合成麻薬が挙げられる。
フェンタニルは、がん患者の苦痛緩和などに用いる強力な鎮静剤で、合成オピオイドの一種だ。効果はヘロインの50倍、モルヒネの100倍ともいわれ強い依存性がある。致死量はたったの2mgだ。

元々は医薬品だが、規制が強化されると密造品が急増した。その原料は中国を通じてメキシコに送れて生成され、アメリカに流入しているという。アメリカではフェンタニルなどの薬物の過剰摂取が、18歳から49歳の死因ではトップになり、年間で7万人が死亡している。「現代のアヘン戦争」とも呼ばれ、アメリカ国内では、中国が意図的に違法薬物を送り込んでいると批判の声も挙がっている。
トランプ次期大統領は違法フェンタニルを根絶できるのか
2024年の大統領選挙でも「違法薬物対策」は争点の1つとなっていた。トランプ次期大統領は、「麻薬の売人に対して強力な死刑制度を導入する」などと訴え、厳格な国境管理政策を約束している。

2024年11月25日にはSNSに「何千人もの人々がメキシコとカナダを通過し、かつてないレベルの犯罪と薬物をもたらしている」と指摘し、2025年1月20日に大統領に就任した直後に「私はメキシコとカナダに対し、アメリカに流入するすべての製品に25%の関税を課すために必要なすべての文書に署名する」と宣言。違法な麻薬やフェンタニルの流入が止まるまで、この措置を継続すると強調した。さらに、フェンタニルの原料をメキシコに送っているという中国も批判。対策が講じられなければ、アメリカに輸入されるすべての中国製品に10%の関税をかけると表明した。

アメリカを揺るがす社会問題に、関税の強化を持ち出して対応に乗り出したわけだが、今後さらなる国境の厳重な管理など施策を打つとみられていて、トランプ氏の決断と実行力が問われることになりそうだ。一方で、ゾンビタウンと呼ばれる地域で暮らす人達は、政府に何を求めて、どんな対策を期待しているのか。様々な人へのインタビューから見えてきた実態と課題も詳細に伝えたい。
(FNNワシントン支局 中西孝介)
(後編に続く)