薩摩隼人の捜査員
矢野の取り調べは、特捜本部のデスク班にいた公安一課の石室紀男警部補(仮名)が担当した。事件発生時から特捜本部に入った石室は、栢木と同じ調査第五担当=「調五」(ちょうご)の所属である。
鹿児島県出身。大柄で、まさに薩摩隼人を地で行くような剛毅さがあり、小さなことにとらわれず、どんな逆境でも前向きな男だった。
酒好きで茶目っ気もあってか部下からも慕われていた。生まれながらにして策を嫌うので、被疑者からも自然と信頼を得る取調官として知られていた。

オウムの関連施設が入る赤坂のビルの半地下駐車場で、彼らが一体何をしていたのかが焦点だったが、長官事件の特捜本部員である石室は最初から自分たちの本題を突っ込んだ。
ーー矢野くん。3月30日に国松警察庁長官が撃たれた事件があったのは知っている?
「はい」
ーーその日、事件の発生直後に南千住署の横を猛スピードで自転車をこいでいた男が目撃されているんだけど、君にそっくりだって言う人がいるんだけど
「知りません」
ーー自転車に乗ってその辺りを走っていなかった?
「知りません」
ーーそんな嫌がらないでよ。自転車に乗って走っていたかどうか聞いているだけだよ。
「絶対違います」
矢野は完全否定だった。
ーーじゃあ、その日はどこで何をしていたか説明できる?